KOBAYASHI HIDEKI'S COLUMN 2022

<Columnに戻る
2020年9月発行の単行本に所収

マンションの登場と発展:法はどこまで未来を先取りできるか

(掲載にあたって)
 区分所有法の制定は1962年ですが、それ以前からマンションは分譲されています。それらは、明治29年制定の民法第208条の簡単な条項に基づいて権利を設定していました。この民法第208条の経緯をたどると、フランスの民法典(通称ナポレオン法典)から明治時代のボアソナード草案、旧民法第40条、そして民法第208条へと展開しています。
 このような展開を同時代の集合住宅の建設・所有の実態、さらにドイツ民法典で階層所有を禁止した経緯及び世界のコープ住宅(組合所有)の歴史と重ね合わせると、マンション法の躍動感あふれる真実が見えてきます。今日の法の役割を再考する意欲的な内容です。
 なお、全文は、単行本「高経年マンションの光と影」大谷由紀子・花里俊廣編著に収録されています。あわせて参照下さい。

1.はじめに

 マンションは、区分所有された集合住宅のことであり、その権利関係の基本は、建物の区分所有等に関する法律(以下、区分所有法)に定められている。その制定は1962年(昭和37年)と比較的新しいが、元になる条項は、明治時代に制定された民法の中にみられる。では、明治時代にマンションは登場したのだろうか。本章では、日本及びフランスとドイツの法を参照しつつ、マンションの歴史をたどってみたい。

 ところで、マンションを企画開発する立場からみると、法は「制約」と感じることがある。例えば、筆者が関わった団地で、集会室を建替えて高齢者福祉サービス等を導入する計画が立案されたが、臨時総会で賛成7割を得ながら否決された。区分所有法では、区分所有者数及び議決権の各3/4以上の賛成が必要なためである。その時は、7割という多数が賛成しながら、なぜ法の制約で実現できないのだろうかと思った次第だ。

 しかし、その一方で、少数反対者の立場からすれば、多数決で建替え費用の負担を強いられることは理不尽だと思うであろう。3/4という数値は、その両者のバランスに配慮して定められたと考えられる。

 このように、区分所有法は、マンションのあり方に大きな影響を及ぼす。と同時に、今後重要になるマンション再生事業の推進に向けて、法が新たな未来を切り開く提案を後押しできないかと思う。しかし、そもそも法は未来を先取りできるのだろうか。この問いに対する答えを探しながら、マンションの歴史をたどることにしよう。

2.区分所有法はマンションの実態の後追いか?

 日本の分譲マンション1号は1953年(昭和28年)竣工の宮益坂ビルティングであり(図1)、1950年代には複数のマンションが登場している。つまり、1962年制定の区分所有法の前からマンションは存在していた。そして、法が制定されることで権利関係が安定し、不動産登記が整備され、その後のマンション・ブームにつながっていくことになる。

 以上の経緯は、「法はマンションの実態を後追い」しつつ、同時に「法はマンションの普及を後押しする」ことを示している。

 ところで、区分所有法は、民法の特別法として位置づけられている。民法とは、私人間の関係を定める法のことで、公権力と私人の関係を定める公法と対置されている。区分所有法は、おもに所有者という私人間の関係を定めており、民法の大原則に従いつつ、マンション特有の問題に対応することを目的としている。

 このような民法は、長年の英知の結晶であり、実態のない未来を先取りすることは困難といわれる。つまり、法は実態を後追いする。では、その困難さを乗り越え「法が未来を先取りする」可能性はないのだろうか。


 図1 宮益坂ビルディング 朝日新聞1952.10.26

3.歴史の中に法の可能性を見出す

 マンションの歴史をたどるとき、本章では「法が未来を先取りできるだろうか」という問いを定めることにしたい。

 その答えがYESならば、マンションの建築や企画開発の立場からみて、法は制約ではなく、未来への希望になるからである。この答えを探るために、明治時代にさかのぼってみよう。近代国家に衣替えする際には、欧米を参考にしつつ、日本に実態がない事項についても法を検討したと考えられるからだ。マンションの登場がその一つならば、とても興味深いことであろう。

 なお、歴史を記述するにあたり、歴史的事実と筆者の考察を分けて書くことを心がけたい。このようにすれば、客観的事実を踏まえつつ、読者が異なる見解に至ることも可能だからである。

4.明治時代の民法にマンションに関する条項がある

 区分所有法が制定される以前、初期のマンションは、民法の簡単な条項を根拠としていた。1896年(明治29年)に制定された民法第208条である。その内容は以下である(現代仮名使いに直した。以下同じ)。

<民法第208条>
①数人にて一棟の建物を区分し各その一部分を所有するときは、建物及びその附属物の共用部分は、その共有に属するものと推定す
②共用部分の修繕費その他の負担は、各自の所有部分の価格に応じてこれを分かつ

 また、民法の共有の原則では、共有物は、任意の共有者から分割を請求できる(第256条)。しかし、マンションでは勝手に分割したり、換金して分けたりすることはできない。そこで、民法第257条で、208条の対象となる建物では、256条の適用の除外を定めている。
 以上の二つの条項で、不十分とはいえマンションの基本が定められている。

 その後、第二次大戦後になり分譲マンションが増えるととともに、1962年に区分所有法が制定された。同時に、208条及び関連条項は削除されている。

5.日本においてマンションの登場はいつか-まず言葉の定義

 以上の民法第208条制定の経緯を通して、日本におけるマンションの歴史をたどってみよう。最初に集合住宅のタイプを定義する。

 建築形態については、①長屋建て、②共同建て、の二つに分類する。「長屋建て」は、左右は別住戸だが上下には積層していない形式で、平屋か2階建てが一般的である。一方の「共同建て」は、上下に別住戸が積層している形式である。

 集合住宅の所有形態については(一般の単独所有の他に)、①縦割所有、②階層所有、③組合所有の三つを定義する。「縦割所有」は、長屋建てに対応しており、所有権を「縦」つまり壁で左右に区分するものである。これに対して、「階層所有」は、上下に所有権を区分するもので、ここでは上下左右に区分した場合を含める。なお、マンションを規定する「区分所有」は、縦割所有と階層所有を包含する概念である。

 最後に「組合所有」は、欧米のコープ住宅に相当するもので、複数者が法人を結成して建物全体を所有し、各人は組合員として居住権を取得する形態である。その場合の法人格は、組合法人に限らず、株式会社等を含むものとする。

 結論を先に言えば、日本では、「縦割所有」は古くから存在した。次いで、「組合所有」が大正時代から昭和初期にかけて登場している。そして「階層所有」つまり本格的なマンションは、第二次大戦後になって初めて登場した。以下で、詳しくみてみよう(注1)。

 全文は、pdfを参照ください。⇒ pdfはこちら

また、本文は下記単行本に所収されています。お買い求め頂ければ幸いです。

本文所収の単行本
大谷由紀子・花里俊廣編著「高経年マンションの光と影」プログレス、2020年9月