分譲団地再生と合意形成 Consensus building on management of Condominium
1 研究の背景
 高度経済成長期に建設・供給された大規模集合住宅団地の再生は現在の重要課題といえます。総戸数1000戸を超えるような大規模団地では、「いえの再生」すなわち、住宅建物の建替えや増改築だけではなく、緑地や広場、共用施設、商業施設といった「まちの再生」についても同時に検討する必要があります。
 大規模団地には、公団や自治体が管理・所有する「賃貸型」と、居住者自身が所有・管理を行う「分譲型」がありますが、本研究では、後者の「分譲型」の大規模団地を対象としています。
写真1 郊外に広がる大規模団地
 分譲型大規模団地の再生は、公団や自治体といった専門的機関が計画を策定し、実行に移していく賃貸型団地の再生と異なり、非専門家である多くの所有権者(居住者)が互いに協力することで「いえ」と「まち」の再生計画を策定し、その計画に対して多くの所有権者の間で合意が形成されなければ再生計画を実行に移すことができません。
 また、単に建物や空間を良くするだけではなく、団地再生後も住民間で持続的に団地を運営していけるような仕組みも同時に考える必要があります。これらの点が、分譲型大規模団地の再生計画を難しくしている最大の要因であり、それゆえに、それらを円滑に進めていく手法の開発が求められているともいえます。
写真2 住民による建替え検討集会
 これまでに建替えに成功した分譲型大規模団地のほとんどが、建替え後の住宅戸数を増やし、増えた住戸を売却することで建替え資金に充てる「等価交換方式」と呼ばれる手法を用いることで行われてきました。これらの団地の多くは、等価交換方式を可能にする立地条件、すなわち、増やした住戸を全て売却できるような都心部に比較的近い立地条件を有していることで、所有者の資金負担を低く押さえることができ、同時に、団地の規模が比較的小さい(総戸数100戸程度)ことも有利に働いたため、建替えに対する合意が成立したと言われています。
写真3 等価交換方式による建替え事例
 現在、そして今後の社会経済を考えると、都市近郊に建設された分譲型大規模団地では、等価交換が成立する可能性が非常に低く、所有者の資金負担が原則となることが予想されています。
 このような厳しい状況を前提としつつ、価値観が必ずしも一致しない多くの所有者間で、どのように団地の将来像を構想するのか、それを実現するための再生計画をどのようにつくればいいのか、それらの課題に応えることのできる有効な手法は未だ明らかにされていないのが現状です。
写真4 住民の共有地である団地内の公園
2 研究の目的
 大規模分譲団地の再生は、計画初動期における住民間での再生構想づくりとその構想に対する合意形成が最初のハードルであると考えられます。最初のハードルを乗り越えるための活動プロセス、仕組み、専門家による支援などの手法を明らかにすることを、当面の研究目的として設定しています。
■団地再生に関する学習手法
 住棟再生における制度面・空間面・費用面に対する議論に集中しがちな団地再生にあって、「まち」としての団地の将来像をハードとソフトの両面から居住者間で構想することも、住み続けていくことのできる団地再生を行う上で重要課題となります。
 ここでは、学生と居住者の協働で団地の将来像を提案し、その評価や議論を通じて、「まち」として求められている要素やその実現手法を学習していくワークショップ手法を検討しています。
写真5 将来像の提案ワークショップ
■合意形成基盤(居住者間ネットワーク)の形成手法
 合意形成を円滑に進めていくためには、いかにして無関心者層や反対者層とコミュニケーションを図り、賛同を得ていくことができるかが重要になってきます。そこでは、普段からの居住者間交流があるかないかが重要なポイントとなります。ここでは、再生計画の初動期において、団地居住者間のネットワークの形成と展開を促進させる手法を検討しています。
写真6 オープンカフェの活動
■住棟単位再生マスタープランの策定手法
 郊外型大規模分譲団地では、等価交換方式による一括建替えは可能性が低く、今後は、棟単位の建替えもしくは増改築を積み重ねていく方法が一般的になると言われています。ここでは、各棟が他棟に迷惑をかけず、団地全体の環境を担保できるような、住棟単位を行う上でのルールともいうべきマスタープランの策定と、それに対する合意形成手法について検討を行っています。
写真7 団地再生パンフ(研究室作成)
■共用施設再生・運営手法
 団地内の共用施設(集会所など)の建替え・増改築・新築などと、それらの居住者間での共同運営が、団地再生にもたらす効果や可能性について検討しています。
 具体的には、共用施設の再生する際に、住戸の陳腐化を部分的に補足する機能を付加することの有効性や、コレクティブハウジングにおけるコモンリビング的機能を、団地共用施設に持たせることの可能性について検討を行っています。
写真8 集会施設の立替え事例
■住み替え・複数住戸所有の促進手法
 住棟再生を円滑に進めていくための手法が確立されていない現在、住戸の陳腐化を理由とした転出者は増加しつづけており、管理組合の持続的な運営や団地再生の推進を阻害する要因になりつつあります。
 住棟再生が円滑に行われるまでの間に、住棟再生以外の住み替えや複数住戸所有を促すことにより、住戸の陳腐化を理由とする転出者を減少させる手法について検討を行っています。
■住棟の増改築手法
 これまでの住棟増築は、住居の狭小性解消のための居室増築が中心でした。今後の団地再生に位置づけられる増築のあり方として、高齢化に伴うエレベーターや外廊下の増築や、住み続けるための設備コア増築などの可能性について検討を行っています。
写真9 居室増築の事例
3 調査の方法
・アクションリサーチ
(実践型調査:居住者とのコラボレーションによる計画の促進、及びそのプロセスの有効性の検証)
・居住者インタビュー
写真10 学生による再生活動の支援 写真11 住み方の観察
 ・各種アンケート
 ・ワークショップ方式による再生手法の提案とそれに対する居住者(所有者)の評価
4 調査の対象
 ・事例調査として、千葉県千葉市西小中台団地をはじめ、千葉市S団地、T団地など
 ・統計的調査の対象として千葉・埼玉・神奈川・東京都下の大規模分譲団地
写真12 西小中台団地 写真03 T団地
5 近況報告

 小林秀樹先生が千葉大学に赴任される以前から、旧延藤研究室で進めてきた研究プロジェクトです。2000年〜2002年までは、西小中台団地において、基本構想策定に向けた住民活動を支援しつつ、計画初動期における学習と活動の支援手法、また団地再生における将来像や空間形成手法、合意形成手法について検討してきました。延藤安弘先生の退官後は、小林研究室に引き継がれ、現在では、基本構想に関する研究以外にも、共用施設再生、合意形成基盤の形成、住み替え・複数住戸所有の促進など団地再生に向けた多様な手法の検討を行っています。


6 現在までの成果(延藤研究室時代のものも含む)

【大会発表】

比嘉幹治,延藤安弘,森永良丙,小杉学,江崎待子:
コミュニティ活動がもたらす住み手間ネットワークの有効性
−住民主体の公団団地再生活動に関する研究(1)−
日本建築学会大会学術講演集(関東)E-2,pp.387-388,2001.9

江崎待子,延藤安弘,森永良丙,小杉学,比嘉幹治:
目標イメージの創造・共有をもたらす主体間コラボレーションの評価
−住民主体の公団団地再生活動に関する研究(2)−
日本建築学会大会学術講演集(関東)E-2,pp.389-390,2001.9

小杉学,延藤安弘,森永良丙,小杉学,江崎待子,比嘉幹治:
意識高揚と自主的活動をもたらす状況づくりのプロセス評価
−住民主体の公団団地再生活動に関する研究(3)−
日本建築学会大会学術講演集(関東)E-2,pp.391-392,2001.9

小杉学,延藤安弘,森永良丙,江崎待子:
自律性と発展性からみたコラボレーションプロセスの評価
−住民主体の公団団地再生活動に関する研究(4)−
日本建築学会大会学術講演集(北陸)E-2,pp.367-368,2002.8

江崎待子,延藤安弘,森永良丙,小杉学:
創造的合意形成からみたコラボレーション・プロセスの評価
−住民主体の公団団地再生活動に関する研究(5)−
日本建築学会大会学術講演集(北陸)E-2,pp.369-370,2002.8

江崎待子,延藤安弘,小林秀樹,森永良丙,小杉学:
等価交換方式による全面建替の検討プロセスの評価
−大規模分譲住宅団地再生計画における基本構想づくりの研究(1)−
日本建築学会大会学術講演集(東海)F-1,pp.1349-1350,2003.9

小杉学,延藤安弘,小林秀樹,森永良丙,小杉学:
生活者の多様な立場と価値観を尊重した団地再生の構想
−大規模分譲住宅団地再生計画における基本構想づくりの研究(2)−
日本建築学会大会学術講演集(東海)F-1,pp.1351-1352,2003.9

【修士論文・卒業論文】

小杉学:
公団分譲住宅団地再生に向けた「状況づくり」の事例研究
千葉大学延藤研究室修士論文,2001.3

江崎待子:
住民主体の団地再生活動における「コ・エデュケーションプロセス」に関する研究
千葉大学延藤研究室修士論文,2002.3

横山朋紀
持続的集住へむけての住民主体の「住棟再生マネジメント」に関する研究
−郊外大規模分譲集合住宅団地を対象にして−
千葉大学小林研究室修士論文,2004.3 (専攻内最優秀賞受賞)

遠藤裕子
持続的集住へむけての住み替え・複数住戸使用に関する研究
−郊外大規模分譲集合住宅団地を対象として−
千葉大学小林研究室修士論文,2004.3

比嘉幹治:
持続的集住へむけての住民主体の「共用空間マネジメント」に関する研究
−郊外型大規模分譲住宅団地を対象として−
千葉大学延藤研究室修士論文,2003.3

比嘉幹治:
住環境形成主体間のネットワークをはかるコミュニティ活動の研究
−公団分譲団地・西小中台住宅の考察−
千葉大学延藤研究室卒業論文,2000.11

山口徹:
住み手主体の団地環境改善活動における自律性と持続性に関する研究
−西小中台団地を事例として−
千葉大学延藤研究室卒業論文,2001.11

高橋一弘:
既存ストック団地の持続型居住に向けた住み手の住環境改善意向に関する研究
−千葉市・西小中台団地(大規模分譲団地)を対象として−
千葉大学延藤研究室卒業論文,2001.11

【審査論文】

小杉学,延藤安弘:
「フィールドセミナー」によるまちづくり教育のプロセス評価
−大学におけるまちづくり演習を事例として−
日本建築学会技術報告集 第17号,pp.459-464,2003.6

小杉学,延藤安弘,小林秀樹,森永良丙:
大規模分譲集合住宅団地再生計画における基本構想づくりの研究
−西小中台団地における「学習段階」の実践プロセス−
日本建築学会計画系論文集 第571号,pp.30-44,2003.9

【雑誌・シンポジウム資料】

小杉学:
「団地建替」から「団地再生」へ
−千葉市西小中台団地における対話と協働−
日本建築学会「建築雑誌」2002年11月号,pp.52-53,2002.11

延藤安弘:
団地型マンション再生の未蕾(みらい)
日本マンション学会福岡大会ミニシンポジウム資料集,2003.4

小杉学
郊外団地再生における目標設定の重要性
日本マンション学会誌「マンション学」
2004年7月、pp.20-27

小杉学、横山朋紀
分譲マンションの増築 二室増築と団地再生
日本建築学会住宅小委員会編
事例で読む 現代集合住宅のデザイン、彰国社、
2004年9月、pp.38-39

小杉学
一括建替えから総合的な団地再生へ
東京の住宅地第3版
日本建築学会関東支部住宅問題専門研究委員会
2003年9月、pp.276-279

2004年10月29〜31日 新建築家技術者集団千葉支部主催 ちば建築とまちづくり展のレポート
PROJECT