HIDEKI'S 連載 COLUMN SI住宅

(書き下ろし連載にあたって)
 私は、建設省建築研究所に在籍時、スケルトン定借(つくば方式)の開発(1992〜1998)に続いて、SI住宅の普及をはかるプロジェクトに携わった(1997〜2001)。この連載では、私自身の裏面史を交えつつ「SI住宅」の真実をお伝えしたいと思う。


連載11 つくば方式マンション開発秘話4−第1号実現 その3


 つくば方式マンションの第1号は、つくば研究学園都市で1996年に完成した。実現までの「綱渡りと幸運の日々」のその3である。
 この回想録には、一部で実名が登場する。快く協力してくださった恩人の方々だ。しかし、もし回想録の内容に何か問題や誤りがみつかったとしても、それらの方々には一切の責任はない。すべて私の責任であることをお断りしておきたい。

入居者から要望書が出された!

 スケルトンの詳細が決まり各戸の個別設計が始まったのが6月初め。それから1ケ月ほどした1995年7月11日。個別設計への不満から入居者だけの会合がもたれた。まったく予期しないことであった。

 その会合で、どのような意見が交わされたかは分からない。その数日後のことであった。組合代表が要望書をもって来訪された。私から竹中に届けて欲しいという依頼だ。A4で2枚に要望がまとめられていた....恐る恐る拝見した。内容は、内装の標準仕様が低いことへの疑問であった。

 これには伏線があった。まず、7月1日に竹中の家族社員寮を見学させていただいた。標準仕様の見本として、竹中が見学会を企画して下さったものだ。そして、7月9日、竹中より標準建設費に含まれる内装設備の一覧が示された。これが、入居者の不満につながったのである。おもな要望は下記だ。

1.標準内装の水準への不満。一般マンション水準との説明があったが、それに達していないのではないか。給湯器・バスユニットなど9項目が示されていた。
2.コンペ時の説明の確認。高齢化対応、バルコニーの奥行き、天井高さ、等について、疑問があるため確認したい。

事務局の調整不足を反省

 この問題が生じたのは、われわれ事務局の責任も大きい。第一のミスは、コンペにあたり、標準内装のレベルを明示しなかったことだ。スケルトン形状と標準建設費3億4千万を示し、その範囲で建設会社側から提案して欲しいという依頼方法であった。
 もちろん、コンペで竹中工務店に決定してからは、事務局は竹中本社に出向いて頻繁に会合をもった。最大の課題は、社内の見積もり額が3億4千万円を大きく超えたため、いわゆるコスト縮減による仕様の検討であった。

 第二のミスは、事務局は、もっぱらスケルトンと共用部分についての検討に注力し、内装については標準金額を確認しただけであったことだ。しかし、入居者の立場からすれば、自由設計できるとはいえ、価格の基準となる内装と設備が大切だ。そこに思い至らなかった。

 受け取った要望書をみながら、マズイことになったと思った。ひとまず竹中に要望書をFAXし、建設組合代表との会合を8月1日に設定した。その日に向けて、事務局としての責任を感じつつ調整を開始した。

担当者が一瞬反発したようで困惑した

  7月21日に竹中本社に出向いた。若手担当のKさんは、要望書をみて一瞬むっとされたようだ。「一般マンション水準と言ったことはない」「バルコニー奥行きや天井高さには大きな変更はなく、入居者が図面を読み間違えたのでないか」など納得できない様子であった。さらに提示を受けた資料は、竹中が提案した標準仕様、一般マンションの仕様、見学した社宅の仕様、の3つを比較して、何ら問題がないというものであった。

 このままでは対立が深まってしまう...困った。そこに助け船を出して下さったのが、ベテラン設計者のMさん。「何件かは標準に組み込めないか検討しましょう」。ありがたい。高齢化対応等の要望については、図面の説明不足であり、詳しく説明すれば理解していただけることを確認した。

 前回の連載10で、大手建設会社は個別設計に不慣れのようだという感想を書いたが、お詫びして訂正したい。やはりベテラン設計者は違う。大きな建物であれ小さな建物であれ、施主とのやりとりは神経を使う。それを長年経験された方は、個別設計への対応が初めてであっても、すぐに勘所を押さえる。優れた設計者は、優れた対話者でもあることを学んだ。


 入居者とMさんによる設計相談の様子

入居者側も優先順位を決めて下さる

 実は、まったく同じ日の夜、入居者による独自会合が開催された。事務局にも声をかけていただいたが不参加とした。しかし、話し合いの内容は気になる。その橋渡しをしてくれたのが、筑波大学の卒論生Aさんだ。
 この事業のプロセスを卒論にするために、毎回の会合に参加していた。事務局が不参加だった独自会合にも、皆さんの承認を得て出席していた。

 会合の後、Aさんがメモを渡してくれた。実に貴重な情報であった。卒論生がこんな厳しい利害調整の現場に立ち会うとは、よい経験だったと思うが、どうだろうか。あまり自信がない。
 Aさんのメモをみた。入居者の方々が9項目の要望に優先順位をつけていた。3項目は標準に組み込む要望、1項目は取り下げ。残りはオプションでよいがコストを下げる要望となっていた。実にうまく整理されている。入居者に建築に詳しい方がいることが幸運であった。


 9項目に優先順位をつけたメモ(1995.7.21)

 メモの最後にAさんの感想が書かれていた。2回の独自会合を通して、「建設組合として住宅づくりに積極的に参加するという意識が高まった」。メモを読みつつ、これから円満に進みそうな予感がした。入居者が示した優先順位は、私自身の判断で竹中に伝えることにした。

心配な8月1日の会合を迎えた

 当日を迎えた。まず、要望書に対する回答を竹中が説明した。配付資料には、9項目の各々に必要な費用が記載されていた。合計すると戸当たり230万円になる。さらに、高齢化対応で手すり下地を標準としていること、天井高さやバルコニー奥行きは当初の通りであることが説明された。

 その上で、ゆっくりとベテラン設計者Mさんが入居者に提案された。「このうち2項目は、標準で組み込みます」...事前に伝えた優先順位に沿っている。「その他はオプションになりますが、数がそろえば単価を下げます」。入居者の顔が和んだ。


 最初の緊張が解け和やかな雰囲気(1995.8.1)

 入居者の一人から、共用部分が充実している一方で、専有部分に対するコスト配分が低いのではないかとの質問があった。これは、私から説明すべき事項だ。「つくば方式は、スケルトンをしっかりつくるため、そこにある程度お金をかけています」。竹中からは、躯体工事費が普通より5〜6%高いことが説明された。コンクリートの厚さや高い階高による工事費アップだ。それは遮音性の向上にも効くはずだ。

 建設組合としての正式回答は8月9日だが、この日の様子から円満に合意できそうだと安堵した。竹中の丁寧な説明と、建設組合の理性的な歩み寄りのおかげだ。事務局の至らなさを、双方でカバーしてくださった。心から感謝したい。
 そして、8月9日を迎えた。両者の合意は成立し、地鎮祭に向けてのスケジュールの話に入ることができた。このあたりが、個別設計の山場であった。

建物の着工(地鎮祭)まで頻繁に会議

 地鎮祭の予定は9月19日。それまでに実施することは多い。8月25日には借地本契約を締結し、地主さんが皆さんの前で挨拶した。
 当時のメモにはこうある。「借地契約書の最終版を弁護士から受け取ったのが、前日という綱渡り。でも、それほど心配しなかった。建設組合が動き始めて、全体の信頼感が生まれており、多少のことでは中断しないという安心感があった。竹中の標準仕様への不満をめぐって自主会合がもたれ本音の話し合いができたことが、結果としてよかったのかもしれない。」


 建設組合の様子(1995.8.25)

 工事着手にあたり頭金20%を支払う。ここまで一人一人の資金計画を確認しながら進めてきたため、スムーズに入金があった。

ついに建設組合と竹中工務店で請負契約の締結

 そして9月12日。ついに建設組合の契約分(スケルトン部分)について建設請負契約が締結された。みんなでお祝いのビールで乾杯。ようやくたどり着いたと感慨深い。
 同時に個別設計分の契約も行われたが、数世帯が見積もりに納得できず積み残した。しかし、これは個別に対応して頂くこととし、事務局の作業は一段落した。

そして、楽しく地鎮祭!

 地鎮祭は9月19日。建築研究所の所長、つくばハウジング研究会のメンバー、マスコミを交えての華やかな地鎮祭であった。竹中工務店からも上司が参加された。曰く「こんなに楽しい直会(なおらい。地鎮祭の行事)は初めて」。私が司会を務めて、参加者全員を巻き込んでの楽しいパーティであった。


 地鎮祭の様子(1995.9.19)

つくば2号棟の計画にゴーがでる

 建物が着工すれば、ひと安心だ。そこで、地主さんに2号棟の計画を提案した。9月26日のことだ。ちょうど1号棟の建設のために、敷地の端に建っていた古いアパートを取り壊した。そこに、2号棟を建設する提案であった。
 地主さんは快くOKしてくださった。ありがたい。2号棟は、3階建の小さな建物で、4月の追加募集で抽選に外れた方々に参加を呼びかけ、あわせて一般にも公募した。募集2住戸で順調に参加者が決まった。そして建設は、コンペの次点であったアタカ工業と東急工建にお願いした。

 2号棟は、逆梁工法によばれる意欲的な建物だ。工事費は高くなるが、1号棟と同じ価格を入居者が負担し、超過分は建設会社が開発費として出して下さることになった。これにより、階高3.2メートルという高さを確保しつつ、柱の間隔を広くした優れたスケルトンが実現している。

素人事務局の未熟さで思わぬ痛手

 話はさかのぼるが、4月追加募集の時に、想定外の希望者があった。1階の店舗で、弁当屋を開業したいという申し込みだ。店舗部分は地主さんが所有するため、7月に地主さんに弁当屋を紹介した。入居に支障はないとのことで、具体的に要望を伺うことになった。

 11月14日、工事現場で弁当屋と打ち合わせ。そこで問題になったのが、煙の排気だ。油を使うため大量の煙がでる。それを店舗の横から排気すると、住宅に迷惑がかかってしまう。建物屋上に抜ける排気ダクトは当初から計画していたが、油が混ざる煙は自然排気では対応できない。竹中と相談したところ、強力な排気ファンが必要だという。

 そこで、店舗から操作できる排気ファンをダクト上部に取り付けることにした。費用は50万円。弁当屋が負担してくれることになった。その後は半年ほど順調な日々であったが、ある日突然、弁当屋が倒産したという知らせ.....言葉を失った。

その4に続く

>連載12 つくば方式マンション開発秘話5−第1号の実現その4(最終回)

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