KOBAYASHI HIDEKI'S COLUMN 2022
マンションにおける経営的取り組みの可能性
- 経営管理の実践例に学ぶ -
(掲載にあたって)
マンション管理において「経営管理」と呼ぶような取り組みがみられるようになりました。これは、管理組合が会社や街と同じように事業を経営するものです。筆者は、このような取り組みが今後も広がると考えています。その可能性をまとめてみました。
はじめに-維持管理・動的管理・経営管理
マンションの「経営」と聞くと奇異に感じる方が多いのではないだろうか。しかし、管理組合が空き駐車場や空き家の活用、福祉施設やコンビニの導入、さらに隣地の購入等を検討する例がみられる。これらは、従来の「維持管理」を超えて、「経営管理」と呼ぶべき新しい動きである。
人口減少の時代を迎えて、マンションが長期に存続するためには、現状を「維持」するだけではなく、「自ら変わる」ことが必要になる。もちろん、現在の区分所有法では、現状からの変更について特別多数決議等の高いハードルを課している。そこで、法制度の要件を踏まえつつ、管理に次の3つの段階を定めることにしたい(図1参照)。
(1)第1段階は「維持管理」
維持管理(狭義)とは、新築時のマンションを望ましい状態として、それを「維持する」管理のことである。管理費や修繕積立金を集め、日常管理や大規模修繕を円滑に実施する。さらに、共用施設の使用ルールを定めたり、居住者間のトラブルを避ける生活ルールを定めたりすることも重要である。これらは、区分所有法では、おもに「普通決議」で実施できる事項に対応している。
(2)第2段階は「動的管理」(山本育三氏による)
動的管理とは、経年に伴う建物の陳腐化、居住者の高齢化や賃貸化の進行等に対処しつつ、マンションの価値を高めるために、「現状を必要に応じて変更する」管理のことである。特別多数決議が必要になる共用部分の変更及び管理規約の改正におもに対応している。
動的管理の典型は、建物の性能を高める改修である。例えば、外断熱やエレベーターを導入したり、先端機器の棟内ネットワークを構築したりする。さらに、共用施設を改築したり、高齢化の進展等による管理活動の停滞に対応するために第三者管理を工夫したりすることも動的管理のテーマである。
(3)第3段階は「経営管理」
経営管理とは、マンションを会社や街とみなして「必要な事業を経営する」管理のことである。例えば、店舗や福祉事業を営んだり、スクールバスを運行したり、敷地を購入したり、時には、管理組合の余剰金で入居者に融資したりする。
これらは、経営に失敗すると損失を負うリスクがあり、区分所有法が想定する管理の目的外と解釈されることが多い。その場合は、全員合意が求められることになる。
もちろん、全員合意が前提になると実施が困難である。そこで、多数決で実施できるような工夫が大切になる。その工夫として、管理組合とは別の組織を設立または誘致して店舗や福祉事業を行い、管理組合はそれを支援する(場所の提供等)という形がみられる(図1の点線)。
以上のように、維持管理・動的管理・経営管理について、区分所有法の普通決議・特別多数決議・法の想定外(全員合意)に対応するものとして整理した。もちろん、活動内容や前述した工夫により、合意要件には幅があることは留意したい。
さて、ここでの主題は、この中の経営管理の可能性である。以下で、先進的な事例を紹介しながら、実践にあたっての留意点を考える。最後に、将来に向けた法改正のテーマを補足したい。
なぜ経営管理が必要か-立地環境への対応
マンションの暮らしやすさは、立地環境、建物の質、管理の状態、コミュニティの4要素に左右される。ここでのコミュニティとは、健全な地域社会という意味である。もし、住民どうしが険悪であったり、トラブルが深刻化したりすれば、居住の場としての魅力は低下し、管理組合の合意形成も阻害されやすい。逆に、そのようなことがない健全な地域社会であれば、暮らしやすいマンションの必要条件を満たすだろう。
さて、これら4要素のうち、従来のマンション管理では、立地環境をテーマとすることは稀であった、立地環境はマンションからみて外部要因であり、管理の対象になりにくいためである。しかし、マンションが長期にわたって価値を維持するためには、立地環境とそれに起因する空き家や施設不足等の問題を避けることはできない。
例えば、周辺地域が衰退しているならば、マンション自らが店舗、福祉施設、交通サービス等を導入することが課題になる。さらに空き家が増えれば、その対策が求められるだろう。
つまり、立地環境の不足を補うことが、経営管理が必要になる第一の理由である。もし、経営管理を不要と思う方がいらっしゃれば、それは、そのマンションが利便性が高い立地に建つゆえかもしれない。
さらに、第二の理由として、住宅が余る時代の競争を見すえて、マンションの魅力をさらに高めようとすることがある。そのために、管理組合が率先して魅力的な施設やサービスを導入したり、中古売買に関わったりする。いわば、経営戦略と呼べるような本格的な経営管理である。
経営管理の実践例に学ぶ
経営管理の具体例をみてみよう。現行法の枠内で実践するために、管理組合とは別の事業組織と連携する例が多い。その組織として、自治会・福祉や店舗事業者・住民有志のNPOなどがある。さらに、近隣の複数マンションが共通して事業組織を設立すれば、地域全体の暮らしやすさを高めることにつながろう。
以下、7つの実践例を紹介する。
(1)スクールバスを運営-別組織を設立して会費を集めて実施
新規開発地に立地するGマンションの取り組みである。学校が近くにないため、ディベロッパーが企画したもので、分譲時に全員が加入する組織を立ち上げてスクールバスの運営母体とした点が特徴である。一時、その存続をめぐる議論があったものの、マンションの資産価値を維持するために必要との認識が共有され、十年以上継続している。また、中古売買時には、同組織の会費の支払があることが明記されている。
なお、同マンションでは、共用部に小さなコンビニがあることも特徴となっている。
(2)共用施設で高齢者デイサービスを実施
マンションの集会室において、高齢者の食事会等が行われることは多いが、常設の福祉施設とする例は稀である。この事例は、郊外立地の大規模なN団地において、集会所の建替えにあわせて福祉施設を計画したものである。残念ながら、特別多数決議の3/4にわずかに届かず未実施となったが、他マンションでも参考になる取り組みとして注目される。
一方、マンションの専有部分を福祉事業者が購入または賃借して、サービスを提供する例がみられる。それらは、管理組合が契約の当事者になるわけではないが、専有部分を住宅以外の用途にするために、管理組合の承認または規約改正が必要になることが多い。管理組合が間接的に関わっており、広い意味での経営管理といえる。
(3)共用施設で保育所を運営
大規模マンションでは、保育所を併設する例が少なくない。それらの多くは、専有部分や専用棟を利用するが、Gマンションでは、共用施設を保育所に提供している点で注目される(写真1)。
子育て世帯に人気のマンションとなっており、将来は、高齢者施設に切り替えることも想定される興味深い実践といえる。
(4)青空市場を開催
校外大型店の影響で団地商店街が閉鎖されたことから、定期的に青空市場を開催している事例である。管理組合の役割は、場所の提供と事業者の誘致であり、出店は各事業者が経営している。この活動は、高齢者等の買物の楽しみとなり、また住民が交流する場として高く評価されている。
(5)カーシェアリングを管理組合が導入
カーシェアリングを管理組合が導入した事例である(写真2)。カーシェア事業者と管理組合が契約して実施している。利用料が一定額を上回るまでは、管理組合が費用負担する点が特徴である。
一定額を上回ると、負担は駐車場の提供だけになる。この事業の受益は、カーシェア利用者に偏るが、郊外P団地では2台利用を求める世帯が多く、また、カーシェアは駐車場の必要数を減らす効果がある。このため、管理の目的に合致するとして管理費からの支出が定着している。
(6) 建物付きの隣接地を管理組合が購入
Nマンションでは、隣接した土地と建物を管理組合が購入して共用施設としている。そこでは、コミュニティカフェを始めとした多様な住民活動が展開し、さらに一部は貸店舗として賃貸経営している。この隣地購入にあっては、将来の建替えのため(法規制の変更で現状敷地のままでは建替え時に戸数が減るため)と位置づけ、特別多数決で敷地購入ができる要件を整えている。実際には、理事会への信頼から反対者はおらず、ほぼ全員合意で進めている。
将来は、余剰資金での高齢者へのリバースモゲッジも計画しており、本格的な経営管理をめざした先進的なマンション管理として注目したい。
(7)競売不成立の住戸を管理組合が購入
リゾートマンションの一部では、管理費等の滞納額が中古価格を上回り、競売しても不成立になる問題が生じている。そこで、この事例は、管理組合が自己競落して、滞納額を免除後に販売して解決したものである。この取組みについて、管理の目的外ではないかとの疑念、及び宅建業法違反ではないかとの疑念から訴訟になっている。
判決では、管理上やむを得ず必要な措置として訴えは却下されている(東京高判 平25・11・7)。今後の経営管理の発展の観点から朗報といえる。
経営管理を実施するときの留意点
以上の実践例を通して、経営管理を実施するときの留意点を整理しよう。一つは、管理組合が財政基盤を整えることであり、もう一つは、区分所有法における「管理の目的の範囲内である」ことの検討である。もし、管理の目的を逸脱する事業であれば、当然に総会決議で実施することはできないからである。この観点から実践例をみると、以下の2つのタイプがあると考えられる。
(1)管理組合とは別組織が事業を経営
実例の1~5は、管理組合とは別の組織が経営を担っているケースである。管理組合は、場所を提供したり会費の徴収を代行したりして支援するが、事業費そのものを負担するわけではない。
このように工夫するとともに、マンション管理に必要との区分所有者の合意があれば、管理の目的の範囲内である蓋然性は高いと考えられる。
(2)財政基盤を整え管理組合が事業を実施
一方、実例6と7は、管理組合による事業である。また、5は、管理費により経費の一部を負担している。これらの場合は、管理組合の財政基盤を整えるとともに、事業を行う必要性を丁寧に検討することが大切になる。
各事例は、管理の目的に合致するように説明を工夫しており参考になる。なお、管理の目的の範囲内か否かの判断は曖昧なこともある。新たな事業を実施する場合は、丁寧な説明を通して、なるべく全員合意に近づけるように進めることが重要であろう。
さて、以上の2タイプとは別に、現行法では困難として実施を断念した例もある。①敷地を分筆譲渡して高齢者住宅や店舗を建設する構想、②エレベーター増設にあわせて専有部分を増築する構想、③団地内に新棟を建築する(土地持分を変更する)構想、等である。今後は、これらを総会決議決で実施できるような法改正が課題となろう。
(3)法人化は経営管理にどう関わるか
ところで、管理組合を法人化すれば、経営管理を進めやすくなるという意見を聞くことがあるが、どうだろうか。確かに、法人化により事業の契約行為や不動産登記を法人名義で行うことができるため、事業遂行上のメリットは大きい。
しかし、合意形成においては、法人化するか否かは直接は関係がない。というのは、総会決議において反対者が多数決に従うのは、前述したように「管理の目的内」に限られるからである。やはり、法人化の有無にかかわらず、事業を実施する目的について、丁寧な説明と合意形成が大切になるといえる。
おわりに-専門家への期待と法改正の課題
以上のように、多様な経営管理が実施されるようになったが、その実践にあたっては、管理組合に高い遂行力が求められる。そのためには、日頃の組合活動の積み重ねが重要であることはもちろんだが、加えて、管理組合を支援する専門家の役割も大きい。マンション管理士等においても、経営管理の可能性について、知見を深めておくことが望ましいであろう。
さらに、今後は、本格的な経営管理を総会決議で実施できるような法改正も必要となろう。当面の課題としては、①処分行為と呼ばれる敷地や規約共用部分の売買及びそのための敷地分割を行う決議。②専有部分の変更を伴う共用部分の改修(リモデリング)の決議、③生活・福祉サービスの提供を管理組合の業務とする決議、等ができることを明確にするような法の検討が考えられる。
以上、経営管理の一端をみてきた。これからのマンション管理では、その可能性を広げることがテーマの一つであると思う次第である。
<参考文献>
1.小林秀樹「住環境形成における管理組合の役割を積極的に位置づける」マンション学48号、pp.41-47、2014年
2.山本育三「マンションの動的管理」関東学院大出版会、2013年
3.次の書籍に経営管理の事例が紹介されている。「壊さないマンションの未来和考える」プログレス、2019年。「マンションの就活を考える」プログレス、2019年。