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2018.07.25
月刊ガバナンス「なぜ自治体にとって住宅政策が重要なのか」2016.7より
なぜ自治体にとって住宅政策が重要なのか−地方分権への期待
(掲載にあたって)
最近、住宅政策を語る学者が少なくなったように感じます。官僚の知識が豊かで学者への期待が減ったのでしょうか。とはいえ両者は立場が違います。時には、国の方針に異を唱える専門家も必要です。国の住宅政策は、どちからといえば大都市を想定しがちですが、人口減少時代を迎えて、これからは地方自治体の住宅政策が重要になると考えています。
自治体が住宅政策を必要とする3つの理由
戦後から長い間、住宅政策はおもに国が取り組む課題であり、自治体にとっては公営住宅の建設と管理が主要業務であった。しかし、近年、自治体による独自の住宅政策の重要性が高まっており、住宅政策を専門に扱う部署(住宅政策課など)を設置する例が増えている。
その理由として、地域の人口問題への対応、フロー(新築住宅)からストック(既存住宅)重視への転換、そして、地域に密着した居住福祉の重視、という3つの背景がある。いずれも、全国共通ではなく、各地域に応じたきめ細かい政策が重要になる。以下、順に解説しよう。
地域の人口問題と住宅政策
戦後の住宅政策は、住宅不足に対応するための建設戸数の確保に始まるが、1世帯1住宅の達成が確認された1970年代後半から、新たな課題が注目されるようになる。
(1)過疎対策:公営住宅の活用から空き家活用による移住支援へ
戦後のベビーブームが去ると、一部地域で人口減少が始まり、公営住宅を過疎対策に用いる政策が注目された。とくに、1983年に始まるHOPE計画(地域らしさを重視する住宅づくり)では、地域の文化に適した木造による公営住宅が見直され、それを過疎対策に位置づける計画がみられる。そこでは、新婚世帯等に安価な住宅を提供することで、親との同居までを快適に過ごしつつ地元にとどめる政策が支持された。
ところで、公営住宅には福祉的性格か強い2種と、その上の所得層を対象とした1種があった。後者の収入基準は1973年に全世帯の下から33%に引き下げられたが、それでも地方の新婚世帯が十分に入居できる水準であった。
しかし、1996年に公営住宅法が抜本改正されて1種と2種は廃止され、収入基準は原則25%に引き下げられた。以降、公営住宅の多様な活用は一時停滞する。それに代わって、民間の空き家を活用した人口対策が注目されるようになる。
具体的には、大都市等からの移住支援や二地域居住の推進が課題となり、移住者への家賃補助、空き家バンクにより広域の需要者に情報提供を行う施策等が展開している。
(2)中心市街地の衰退と郊外問題への対応が今日的課題
近年、地方都市の中心市街地の衰退が顕著となる中で、その活性化策と住宅政策の連携がみられる。とくに、人口減少時代を迎えてコンパクトな街づくりの推進が課題となる中で、高齢者住宅の町中への誘導、公有地を活用した住宅供給、住宅中心の再開発等が試みられている。さらに、郊外から中心市街地への住み替え支援も課題となっている。
一方の大都市圏では、郊外住宅地の高齢化と空き家が顕在化している。現在は試行錯誤だが、その解決が今後の大きな課題といえる。
(3)子育て世帯への入居支援
少子高齢化が進む中で、自治体の存続にとっては、幼児からお年寄りまで多様な世代が住むことが重要になる。そこで、子育て世帯への支援が注目される。具体的には、家賃補助や公営住宅への優先入居等の政策があり、さらに、保育所や育児サービスと団地再生・マンション建設の連携が試みられている。
なお、前述した公営住宅の入居基準の引き下げ問題は、2011年より自治体の裁量が拡大され、収入基準50%を限度として条例で定めることができるようになった。これを用いて、子育て世帯の収入階層を拡大しつつ公営住宅等への優先入居を検討する自治体がみられる。
以上の他に、地域の人口減少の背景にある産業の衰退への対応が、現在に至る継続テーマとなっている。林業支援のための地元産出木材を利用した住宅づくりや、農業の担い手募集に合わせて、安価な住まいを提供する政策がみられる。
以上のように、近年の住宅政策は、地域の人口対策や産業支援との関係が深まっており、自治体が住宅政策を重視する第一の理由となっている。
フローからストックへの転換
第二の理由は、各自治体に立地しているストック(既存住宅)の問題が顕在化してきたことである。
(1)フロー時代は開発指導
前述した1世帯1住宅の達成後も人口の都市集中は続き、さらに戦後に建てられた住宅の質が低く、その建替えが必要であった。つまり、依然として住宅の量的建設を求めるフロー(新築住宅)の時代が続いた。
このような時代の政策は、旺盛な住宅建設をコントールすることが主題になる。例えば、宅地開発に伴う道路や学校等の公共施設の整備、市街地での近隣紛争の調整等である。しかし、これらは建築・開発指導の対象であり、住宅政策の枠外とされてきた。また、欠陥住宅問題が各時代を通じて発生したが、これは自治体の範疇を超えた問題であった。つまり、フロー時代の住宅問題は、もっぱら国または、建築・開発指導行政が担うものであった。
しかし、バブル経済崩壊後の1990年代になると、新築戸数の減退とともにストック重視への転換が意識される。これを端的に示すのが、1995年の住宅宅地審議会答申である。そこでは、「市場重視」と「ストック重視」が掲げられ、戦後の住宅政策からの転換が示されていた。
ストックを対象とした政策は、その居住者は自治体の納税者や選挙権者であり、さらに周辺地域への配慮が不可欠である。必然的に自治体の役割が期待される分野となった。
(2)団地再生とマンション対策
住宅団地やマンションが多く立地する自治体では、その老朽化と人口の高齢化が課題となっている。また、2000年代初頭に相次いで制定されたマンション管理適正化法とマンション建替え円滑化法は、国や自治体の努力義務を定めている。これを受けて、自治体のマンション関連施策が発展している。
団地再生と空き家対策は自治体の課題の一つ
(3)空き家の増加と迷惑空き家対策
人口減少時代の到来とともに、空き家の増加とその対策が、今日の住宅政策の主題となっている。
空き家対策には、放置された「迷惑空き家対策」と、それを未然に防ぐための「空き家の有効活用」の二つの課題がある。前者については、従来、自治体が条例を定めて対処してきたが、国は2015年に空き家等対策の推進に関する特別措置法を施行し、固定資産税情報の活用や、行政代執行の根拠を整備した。これにより対策に弾みがついたが、一方の有効活用は手探りの段階にある。
(4)空き家活用と地方分権への期待
空き家活用において、デイサービスやグループホームに用いる場合、建築基準法上の用途転用にあたると活用が難しくなるという問題がある。その解決に向けて、どの程度までを「住宅」とみなすか、自治体が要綱や条例で定める試みが登場している。
これは、2000年の地方分権一括法により建築基準法の事務が、国からの機関委任事務ではなく、自治事務になったことで可能になったものである。地方分権の実践としても注目したい動きといえる。
また、空き家の有効活用では、一戸建だけではなく、アパートの空き室を公的住宅に活用する例や、一人暮らしの住まいの空き部屋を地域の居場所や高齢者を支えるホームシェアに活用する例もみられる。
以上の他に、相次ぐ大震災を背景として、住宅の耐震改修への取り組みや、高齢者向けの住宅改修の推進等の取り組みがある。住宅のストック対策は、地域事情に即した検討が必要であり、自治体の住宅政策が注目される背景となっている。
地域に密着した居住福祉の重視
日本の住宅政策において、低所得者向けの居住福祉の視点は、必ずしも強いものではなかった。確かに、公営住宅は低所得者向けであったが、その戸数は少なく対象者は限られていた。しかも、公営住宅とは別に、生活保護制度に「住宅扶助費」という家賃補助があり、これは旧厚生省所管として、旧建設省の住宅政策とは長らく別に扱われてきた。
しかし、近年、住宅政策においてセーフティネットの視点が重視されるとともに、居住福祉との連携が重要になっている。同時に、福祉対象者の顔が見える自治体が、その担い手として脚光を浴びつつある。
(1)住宅セーフティネットとは
住宅における「市場重視」の動きは、公団と公庫の改革につながるが、それに代わる住宅政策として、一つは、市場の基盤整備の役割(住宅性能表示制度等)、もう一つは、住宅セーフティネットの役割がある。この場合のセーフティネットとは、円滑な市場競争の実現には失敗時の安心を支える「安全網」が必要という意味であり、そのための住宅確保を政府の役割とした。
前者の「市場の基盤整備」は、もっぱら国の役割であったが、住宅セーフティネットは、住宅困窮者一人一人の事情を把握する必要があり、自治体の活躍が期待された。
(2)公営住宅と生活保護の接近
前述した1996年の公営住宅法の大改正は、公営住宅をセーフティネット(低所得者向けの福祉住宅)に限定する方針を明確にするものであった。この時、新たに収入に応じて家賃を定める応能家賃が導入されたが、入居者には低所得者が多く、結果として家賃は大きく下がった。その結果、生活保護制度との関係が問われることになる。
両者の違いは、公営住宅は、資産調査がないため有資産者が入居できること、及び、同居親族の存在を条件としたことである(2011年に同居親族要件は廃止)。一方の生活保護世帯は単身者が多かったため、現時点では、公営住宅に住む生活保護世帯は1割程度と少ない。しかし、公営住宅に住む家族世帯も、いつかは一人暮らしになる。実際、公営住宅に高齢単身者が増えており、両者の施策対象が重なりつつある。
このような状況を受けて、住宅政策と福祉政策の再編が未解決課題として表面化している。一案としては、公営住宅を中所得者を含む子育て支援住宅として位置づけ、その一方で、高齢単身者は、民間の空き家活用によるセーフティネット住宅(グループホーム等を含む)で対応する方針がある。今後の課題になろう。
(3)居住支援協議会と空き家活用
このような空き家活用によるセーフティネット住宅を後押しするのが、住宅セーフティネット法(住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律。2007年施行)である。その第10条に「居住支援協議会」があり、その設立に取り組む自治体が増えつつある。
居住支援協議会とは、民間賃貸住宅への入居支援のために、自治体が中心となり、民生委員等の福祉関係者、宅地建物取引業者、建築関係者その他が連携する組織である。対象となる「住宅確保要配慮者」としては、低所得者、高齢者、障がい者、子育て世帯等を想定している。
居住支援協議会の構成の例
以上の他に、大震災の教訓を踏まえて、仮設住宅の確保や復興に向けた住宅整備も課題となっている。いずれにしても、住宅政策における居住福祉の重視は始まったばかりである。今後の課題といえる。おわりに−地方分権時代の自治体の住宅政策への期待−
以上、自治体の住宅政策が重視される背景をみてきた。これら地域に密着した住宅政策の推進にあたっては、住民と直接対話する市区町村の役割は大きい。しかし、その一方で、都道府県の位置づけが曖昧になりやすい。この問題は、地方分権時代の課題の一つであり、以下に筆者が考える都道府県の役割を紹介しよう。
第一は、新たな住宅政策を担う人材が不足にする市区町村に対して、人材派遣や人材育成を行う役割である。第二は、広域調整やビジョン提示の役割である。とくに、公営住宅や高齢者住宅は、市区町村から忌避されることが少なくない。その偏在を避けつつバランスよい配置を検討する役割は大きい。
次いで、第三に、地元産材の利用や二地域居住の推進など、都道府県レベルの対策への対応がある。そして、第四に、市区町村への財政・事務支援と国への要望のとりまとめの役割がある。現在でも、国の補助事業は都道府県を通してが多い。それに加えて独自補助を検討したり、さらに都道府県所管事務の円滑な運用、国の法律等の見直しへの要望をとりまとめる役割がある。
今後、自治体と民間組織との連携を発展させつつ、市区町村・都道府県・国の役割を整理することで、自治体の住宅政策が発展することを願う次第である。