HIDEKI'S COLUMN 2010
 


2010.06.10


2010年都市住宅学会賞(論説)受賞  都市住宅学64号2009.1掲載

共同住宅の長寿命化と不動産関連制度の変革

小林秀樹 千葉大学教授

はじめに−都市の新陳代謝と長寿命化−

 建物の平均寿命が100年以上に延びると、どのような変化が生じるのだろうか。筆者が注目するのは、都市における「変わる部分」と「変わらない部分」の区分が、現在とは異なってくることだ。ここで、「変わる部分」とは、都市の新陳代謝に応える部分のことで、「変わらない部分」とは長期に存在する部分のことである。
 現在は、両者の境目が、土地と建物の間にある。すなわち、土地は不変の価値をもつ存在とみなされ、一方の建物は、短期間で更新されるものとみなされている。
 これに対して、建物が長寿命化した場合、土地も建物も不変では都市が求める新陳代謝に対応できない。そこで重視されるのが、スケルトンとインフィルの分離だ。つまり、土地からスケルトンまでが、時代を越えて「変わらない部分」になる。一方のインフィルは、「変わる部分」として新陳代謝に応えることになる。
 このような境界のあり方は、西欧における石造りの都市では一般的だ。例えば、外から建物を見ると中近世のイメージだが、建物の内部に入ると、現代の要求に合わせて大胆に改造されていることが多い。そして、興味深いことに、このことは各国の不動産制度の根幹につながっている。
 日本の不動産制度では、土地と建物は別個の不動産である。分かりやすく言えば、土地と建物の不動産登記簿は別々であり、所有者も別々に設定することができる。そして、不動産の担保価値は、土地に大きく、更新が頻繁におきる建物に小さい。
 これに対して、西欧の不動産制度では、土地と建物は分かれていない。比喩的にいえば、土地が盛り上がったものが建物とされており、不動産登記簿も同一である。建物が長期に存在するため、土地と建物を分ける発想がそもそも必要なかったのだろう。
 この例から分かるように、建物の寿命のあり方は、その国の慣習や文化に影響し、各国の根本的な不動産制度を左右している。従って、2百年住宅の議論は、建築技術や費用負担のあり方にとどまらない。最終的には、日本の不動産関連制度全般の見直しにつながる重要かつ大きなテーマなのである。

    

1.建物の長寿命化に関わる諸制度


 建物の長寿命化のためには、3つ課題があると考えられる。一つは、前述したスケルトンとインフィルの分離であり、もう一つが、初期建築費の上昇に対して、ライフサイクルコストの観点からみると安上がりになることを定着させることだ。
 そして、三番目が、地域の持続性を高める仕組みの導入である。今日、建物が早期に取り壊される最も大きな理由が、土地の高度利用によって経済的利益を高めることだ。例えば、容積率や斜線制限に関わる規制緩和があれば建物の更新は生じやすい。また、日本では、法定容積率の設定が全体に高めであり、容積率の余裕があることが建替えを誘発する。
 恐らく、現代の日本において欠けているのは、地域ごとの長期的な都市空間像である。建物の長寿命化のためには、中層市街地の地域なのか、高層・大街区の地域なのか、それとも低層市街地かというビジョンの確立が不可欠だ。また、2百年というスパンでは建物用途も変わっていく。このため、用途による規制という概念も見直しが必要だ。本稿では、「共同住宅」ではなく「建物」の長寿命化という言葉遣いをすることが多いが、その理由は、インフィルの更新による用途変更が当然に起きると想定するからである。
 さて、以上の3つの課題領域ごとに、具体的な制度をとりあげて見直しの方向を整理したものが表1である。以下、この表を参照しつつ、建物の長寿命化に伴う諸制度の変革について考察しよう。


2.共同住宅の所有形態の見直し

 最初に、共同住宅の所有形態を取りあげる。言い換えれば、建物の修繕や建替えにおける権利者の意思決定の仕組みである。

(1)分譲共同住宅の課題
 分譲共同住宅は、各住戸を独立した所有権の対象としている。その権利形態は区分所有法に定められており、専有部分(インフィル)のリフォームは各区分所有者の意思決定に委ねられる一方で、共用部分(スケルトン)の改修や建替えは、各々3/4と4/5の特別多数決が求められる。つまり、合意形成のハードルは高い。
 実際にも、建替えの成功例をみると、容積アップによりタダで建て替えられた例に限られている。このため、そのような建替えが期待できない郊外部等では、建替えの合意形成は困難である。つまり、区分所有制度は、結果として建物の長期利用につながっている。
 しかし、これは築後30年程度の話である。100年以上となると、むしろ大規模修繕や時代変化に合わせて共用部分を円滑に改修できることが重要になる。

(2)スケルトンを改修しない自由の制限
 共用部分の改修に3/4の合意が必要ということは、逆に言えば、わずか1/4が「改修したくない権利」を行使すれば、建物全体の改修が進まないということだ。つまり、区分所有制度は、建替えが生じにくい一方で、建物の改修もしにくいという矛盾を抱えている。
 また、賃貸住宅経営においては、くいつぶし型経営と呼ばれ、維持修繕費をかけずに建替えまで放置する経営方針をとる例が少なくない。つまり、日本では「修繕・改修しない自由」が広く認められている。
 これに対して、諸外国には、修繕や改修を強制する仕組みがみられる。例えば、フランスのパリ市内では、建物外観の維持保全が義務づけられているという。すなわち、建物外観の修繕が不十分であれば、町並みへの悪影響として政府が改善命令を出せる。さらに北米等では、法改正により避難階段を後からつけた建物がみられるが、既存不適格の適用はなく義務であるという。
 また、アメリカの戸建住宅地では、生け垣の手入れを怠るだけで所有者組合から罰則を加えられる。住宅地の資産価値を落とすと判断されるからで、その契約条項を定めた制限約款が所有者間で交わされ、中古売買があっても次の所有者に義務として引き継がれる。
 以上の例をみると、日本においても、ストック重視時代を迎えて、「修繕・改修しない自由」をある程度制限することが課題になると考えられる。まずは、区分所有法において、建物の改修等を半数の合意でできるようにすることが必要だろう。さらに、町並みの観点から行政処分のあり方を検討することも課題となろう。

(3)立体基盤所有法の構想
 一方の賃貸住宅では、建物の修繕・改修・建替えの意思決定は、借家人への対策は必要としても、所有者(地主)の一存で決まる。その点で機動的だが、逆に、インフィルについても所有者の意思決定に委ねられ、借家人が勝手にリフォームすることはできない。これを見直すために、スケルトン賃貸の仕組みが古くから提案されている。しかし、スケルトンとインフィルの所有権分離が容易ではないため、定着するには至っていない。
 そこで、長期的な提案として、土地とスケルトンを合わせて「立体基盤」と呼び、都市の骨格として公的関与を強めて維持修繕する所有形態が提案されている(参考文献1)。この提案では、スケルトンは組合所有等とし、各個人は、立体基盤上の区画の占有権(長期賃借権・英国のリースホールドが一例)を購入してインフィルを設置するという仕組みが考えられている。分譲と賃貸という従来の共同住宅の所有形態の見直しに向けた提案として参考になろう。

3.建築基準法の見直し

 建築基準法にも根本的な改革が必要だ。

(1)二段階建築確認制度の創設

 これからのストック重視社会では、建物スケルトンの新築は大幅に減り、用途変更を含むインフィルの改修が主流になる。このような時代に備えるならば、以下のように建築基準法をスケルトンとインフィルに二段階化することが必要だ。
@スケルトンは規制強化
 スケルトンについては、耐震性の確保、避難経路の確保、集団規定の遵守をはじめとして、公的なチェック及び罰則を強めることが妥当である。これは行政には重荷になるが、ストック重視社会では、スケルトンの新築の機会は減っていく。対応は可能だろう。
Aインフィルは自己責任
 一方のインフィルは、行政へは届け出制とし、建主の自己責任を徹底すべきである。これを支えるために、瑕疵を担保するための保険制度の整備も必要だ。
 現在は、共同住宅の各戸リフォームであれば確認申請は不要だが、これを建築確認の対象とする一方で、それは届け出制とし、建主の自己責任原則を明確にするわけである。
 ところが、現在の建築基準法は、スケルトンとインフィルを区分する仕組みをもたない。このため、耐震偽装問題への対応としてスケルトンの規制強化をすれば、それはインフィルにも及び過剰な規制強化を引き起こす。最近の例でいえば、審査中は設計変更を認めないとする規制強化の混乱など、過剰な対応の典型だろう。また、建築士法改革については、構造設計一級建築士はスケルトンに関わるもので納得できるが、設備設計一級建築士は疑問がある。設備はインフィルに関わるもので、業務独占資格である必要はなく能力認定資格で十分だろう。
 いずれにしても、スケルトンは規制強化、インフィルは規制緩和・自己責任という方向を明確にすることが、ストック重視社会が求める建築基準法改革である。

(2)用途規制から環境性能規制へ
 スケルトンの長寿命化の一方で、インフィルによる柔軟な新陳代謝に対応するためには、用途による規制のあり方を見直すことも課題になる。用途は、時代変化とともに最も変化する概念だからである。
 そこで、用途規制に変わって、騒音や臭気などの環境性能を評価して規制する考え方がある。また、その規制を運用していくためには、地域ごとの評価組織が必要になるが、その法的整備が必要になるだろう。
 また、関連して、一戸建住宅地であれば米国のHOA(ホームオーナーズアソシエーション)のような管理組織の成立が期待される。重要なことは、その組織の約束事が、地域の全員に及び、かつ中古売買があっても引き継がれることだ。それに向けた法制度整備が課題となっている。

4.建物に対する金融と税制の見直し

 建物の長期耐用化には、インフィルの自由度を高めるための階高の確保、二重床・二重天井による内装の質向上、鉄筋を保護するかぶり厚さの確保、耐震性の向上などで、建築コストは上昇する。これに対処するために、今回の2百年住宅の検討では、住宅ローンの期間延長や減税措置が盛り込まれている。しかし、残念ながら長期的展望に欠けている。

(1)長期住宅ローンは効果が薄い
 住宅ローンの返済期間を30年から60年の2倍に延ばすと、どの程度の効果があるのだろうか。当然ながら、金利がゼロであれば毎月支払額は半分になる。しかし、金利が6%になると、返済期間を2倍にしても毎月支払額は85%に下がるだけである。
 つまり、住宅ローンの返済期間延長が有効なのは、金利が低い時に限られる。現在は低金利だが、しかし、60年間という長期においては例外とみるべきだ。むしろ、住宅ローンの長期化よりは、例えば1%程度の利子軽減の方が普遍的対策といえる。

(2)築年数に関わらない建物税制の仕組み
 さらに、わずかな減税措置を進めるよりは、税制において「築年数」という概念をなくすことが重要である。
@固定資産税
 現在の固定資産税(都市計画税を含む)は、「資産税」という歴史的経緯から、不動産の資産価値を査定し、それに対して課税する考えをとっている。このため、建物については築年数の経過とともに評価額が下がる仕組みとしている。しかし、現代社会において資産の種類は多様化している。不動産ではなく、株や現金は保有していても課税されないことを考えると、そもそも「資産税」という考え方に無理があると考えられる。
 むしろ、ある自治体に不動産を所有していれば、その価値を保つための道路やインフラ、警察など様々な公的サービスを受けている。そのサービスの対価として税を位置づけるほうが適切だ。それならば、株の保有に課税せず、不動産に課税する妥当性がある。
 このようにサービスの対価として位置づけるならば、建物の築年数とは無関係になる。ではどうするか。一つは、建物課税を廃止し、土地課税に一本化することだ。この場合、同じ税収入を確保するためには、土地に対する税率が引き上げられることになる。もう一つは、建物については、築年数や構造種別に関係なく、床面積によって一律に税金を定めることである。
 このような税制に転換すると、建物の築年数により税金が変わることはなく、ストック重視社会に適した仕組みが確立する。ただし、短期的には逆効果もある。それは、現在は固定資産税が安い古い建物にとって増税になることだ。これにより古い建物の建替えを助長する恐れがある。このような一時的な逆効果には、別途、制度移行に伴う緩和措置が必要になる。
A減価償却制度
 賃貸マンションなどの償却資産については、どうだろうか。現在は、建物構造別に償却年数(RCで47年)が定められている。また、平成10年度より、旧来認められていた「定率法」は適用外となり、建物については「定額法」のみとなった。これは、長寿命化の観点からは望ましいことだ。というのは、定率法は、築年数の浅いときに償却額が大きく減税効果も大きいが、年数が経過するともに償却額は減少する。このため、築15年もすると建替えを誘発するからである。これに対して、定額法では償却額は一定のため、課税の面から早期建替えを有利にすることはない。
 しかし、現状の問題点としては、良質建築にすると償却期間が長くなって不利になるということがある。これについては、減価償却期間は税金算定上の便法であり、建物の寿命とは関係がないと割り切った方がよい。構造種別にかかわらず一律、例えば40年とすれば良質建築を不利にすることはなくなる。
 いずれにしても、築年数や構造種別に左右されない不動産税制を確立することが、今後の課題といえる。

おわりに

 以上、共同住宅の長寿命化に関わる不動産関連制度のあり方を考察してきた。
 要約すれば、スケルトンの長寿命化は都市空間像の確立と表裏一体であり、その一方で、インフィルが時代の新陳代謝に応えるような仕組みへと変革することが求められている。そして、もしインフィルの更新で対処できないレベルの都市機能の更新が必要ならば、それは、旧来の市街地を文化の街として持続させつつ、新市街地を別の場所に建設するという選択があってもよい
 建物の長寿命化とは、以上のように都市や不動産のグランドデザインと関わる幅広い課題といえる。都市住宅学にとって実に興味深い課題なのである。

<参考文献>

  1. 小林秀樹、藤本秀一、江袋聡司「立体基盤建築物を成立させる法制度の研究」国土技術政策研究報告NO11,2003.3
  2. 藤本秀一「建築の二段階確認制度」新都市ハウジングニュース35号、2004.春号

千葉大学工学部都市環境システム学科小林秀樹研究室
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