HIDEKI'S COLUMN 2009


2009.05.19

月刊「地方自治職員研修」 2008年6月号掲載

ストック重視時代における自治体の住宅政策

小林秀樹 千葉大学教授


 筆者は、これまで住宅建設5ケ年計画の検討や自治体の住宅政策の立案に微力ながら関わってきた。その間、平成18年には「住生活基本法」が制定され、従来の建設戸数を確保する時代から、住宅ストックを重視しつつ豊かな住生活を実現する時代へと基本理念の転換が行われた。
 これらの経緯を通じて思うことは、昨今、自治体による住宅政策の重要性が高まるとともに、時には、国の方針と自治体の考えにズレが生じる場面が見られるようになったことである。例えば、後述するように、公営住宅の役割のセーフティネット(安全網)への限定、あるいは、住宅政策における数値目標の設定などの方針は、全国一律に適用できない場面が多い。このことは、国主導から地方分権への転換が、いよいよ本格的に求められる時代になったことを示唆している。
 すなわち、フロー(新築住宅)からストック(既存住宅)へ、量(建設戸数)から質(性能等)へ、そして国主導から地方分権へ、という流れの中で、住宅政策は大きな転換点にある。この機会に、自治体の立場から住宅政策を考えることの意義は大きい。

住宅政策の対象はモノかヒトか
 ところで、住宅政策の第一の目的は何だろうか。住宅に困っている低所得者等に手を差し伸べることだろうか、それとも住宅産業を発展させつつ良質住宅をストックすることだろうか。この問いかけは、実は、昭和26年に公営住宅法が成立して以来の課題である。今日の住宅政策を考える鍵になるので、公営住宅政策を中心に振り返っておこう。
 最初の公営住宅法制定に際して、2つの提案があったことをご存じだろうか。一つは、旧厚生省による救貧対策としての公営住宅であり、もう一つは、旧建設省による同潤会アパートの思想を受け継ぐ住宅の近代化政策としての公営住宅である。この2つは合体され、後者は第1種公営に、前者は第2種公営になり、建設省が所管することになった。その調整の労をとったのは、田中角栄とされている。
 それはさておき、この経緯が示すことは、わが国の公営住宅政策は、救貧対策(ヒトヘの援助)と近代化政策(モノへの援助)を、その発足当初から混在させてきたことである。
 その後、戦後しばらくは全国民が貧しく、公営住宅の所得制限は全国民の約8割をカバーしていたとされ、両者の矛盾は表面化しなかった。しかし、昭和50年代になると、全国各地で地域性に配慮した公営住宅がブームとなる中で、地方議会では度々、「低所得者向けなのに、なぜ高い建設費をかけるのか」という疑問と、「地域における住宅の先導役として良質住宅を建設すべきだ」という意見が交錯した。
 当時、第1種公営(県営に多い)であれば、その所得制限は、地方の新婚世帯の所得を超えていた。この点を生かして、六番池団地で有名な茨城県では、第一種公営を低所得者向けではなく、若い頃は誰でも住む「県民住宅」と位置づける工夫をし、それにより、高い建設費をかけて良質住宅を造る政策を合理化した。また、その先導的住宅づくりを生かして、地域の住宅産業の活性化や人材育成に成功したことも特筆されてよい。これ以降、多くの自治体で同様な公営住宅づくりが進むが、当時の担当部署は、地域の住宅づくりをリードするという高揚感にあふれていたという。
 このような流れに終止符を打ったのが、平成八年の公営住宅法の改正である。1種と2種は廃止され、家賃についても、入居者の収入等に応じた応能応益制に変更された。併せて、中所得者向けには、民間住宅を借上げた特定優良賃貸住宅制度が発足し、公営住宅の役割を低所得者のセーフティネット(安全網。円滑な市場競争の実現には、万一の失敗時の安心を支える社会保障が必要との考えによる)に限定するという方針が明確にされた。これ以降、公営住宅は福祉住宅としての性格を強めていくが、それとともに都道府県の担当ではなく、福祉対象者の顔が分かる市町村への移管が必然的な流れとなった。
 以上の転換の直接的理由は、公営住宅に収入超過者が居座ることへの社会的批判であったが、同時に、住宅の質向上を「官がリードする時代は終わった」という認識があったことに留意しておきたい。

住宅性能表示制度を創設
 では、住宅の質向上は、誰が担うのだろうか。それは、市場における消費者の選択を通して達成するものであるとされ、具体的には、消費者が住宅の質を判断できるように「住宅性能表示」を推進する制度(平成12年施行)に結実していく。また、官の役割は、市場が適切に機能するように諸条件を整えること、つまり、民間活動の補完役であるとする認識が強まった。
 以上が、これまでの概略の経緯である。しかし、公営住宅政策が、ヒトヘの援助の性格(属人的とも言う)を強めていくならば、近い将来、モノとしての公営住宅は要らなくなるであろう。例えば、生活保護費に家賃補助を含めて、福祉政策として一本化するほうが合理的だ。このような福祉政策への収斂が住宅政策の最終目標なのだろうか。一方の住宅の質向上、あるいは良質住宅ストックの形成は、市場機能に委ねていくことが正解なのだろうか。これらの疑問が、今日の未解決課題の一つなのである。

地域の実情に応じて住宅政策は多様であってよい
 筆者は、住宅政策の目標を福祉(ヒトへの援助)に限定するのではなく、地域の実情に応じて多様な目標を設定すべきだと考えている。例えば、市場機能に委ねるだけでは、住宅が短寿命でスクラップ&ビルドが繰り返されてしまう傾向にあり、建築費が高くなる良質住宅を普及させるためには何らかの誘導策が必要になる。また、地元産出材を活用するなどの産業政策との結びつき、あるいは中心市街地の活性化を進める街づくりとの結びつきも重要である。つまり、住宅が、地域産業や建築ストックに占める比重は格段に大きく、各自治体は、住宅政策を大いに活用しないと「もったいない」のである。
 国も同様な方針を掲げており、それを端的に表すのが、「地域住宅交付金」という制度である(平成17年度創設)。この制度は、基幹事業(公営住宅等)を遂行すれば、自治体が独自に提案した事業にも補助金を交付するもので、地方分権時代にふさわしい制度といえる。自治体からは、基幹事業を必須とすることへの不満が聞かれるが、自治体間競争の時代においては、低所得者・福祉対象者を抱え込まないように公営住宅の押付け合いが生じやすい。これを避けるためには、福祉機能はすべての自治体が平等に分かち合うことが必要で、基幹事業と提案事業の組み合わせは現在のところ合理的である。
では、どのような提案事業があるのだろうか。以下に列挙してみよう。これらの多くに共通することは、低所得者を対象としているわけではなく、住宅ストックの形成、つまり「モノへの援助」が重視されていることである。

  1. 人口政策:過疎地(都心部あるいは農山村部でみられる)では、人口を増やすために公共住宅を活用する方法がある。あるいは、ファミリー向け住宅を増やすために、公有地を定期借地権で提供する自治体もある。逆に、大都市では、単身世帯の急増を見直すべく、将来の人口構成のバランスに配慮して、ワンルームマンション比率を押さえようとする例がある。

  2. 立地再編政策:歩いて暮らせるコンパクトなまちづくりに向けて、中心市街地に住宅供給を誘導する政策が典型である。新築だけではなく、空き家の活用、オフィスの用途転用などへの支援施策も考えられる。

  3. 都市再生政策:密集市街地の整備、マンション建替え、市街地再開発などの推進である。また、借家人対策や仮住居対策として公共住宅を提供する方法もある。

  4. 産業政策:地元産出材(木材等)の利用推進が典型である。また、長寿命住宅推進を産業活性化につなげたり、リフォーム産業を育成したりする施策がある。

  5. 福祉拠点づくり:高齢者(中所得者を含む)にとって安心できる住まいとサービスを提供するために、公共住宅団地を核にして、地域全体の福祉サービス網を整備していく、などの課題である。

  6. ストック政策:長持ちする住宅の普及や、住宅の維持管理の質を高めることは、省資源への配慮だけではなく、次世代が豊かに暮らせる住宅ストックを残すという観点からも重要である。耐震化への補助や長寿命住宅への低利融資、あるいは筆者らが開発した定期借地権を利用したスケルトン・インフィル住宅の推進などがある。

 以上列挙した施策は、自治体ごとに力点が異なるため、全国一律の補助体系をつくりにくい。そこで、前述した交付金制度が活躍することになる。
 もちろん、基幹事業である公営住宅に、一部の者が既得権として居すわるような状態があると、住宅政策全般への信頼が低下する。公営住宅については、定期借家権の採用などを通して、困っている人々に平等に提供されるような条件を整えることが必須である。このような条件を整えて初めて、様々な住宅政策に人々の共感が得られるのである。

政策の数値目標には弊害もある
 ところで、最近話題になっている問題をひとつ紹介しよう。私見を述べるので、その適否については読者の判断に委ねることにしたい。その課題とは、地域住宅交付金を受けるために、あるいは都道府県や政令指定都市がつくる住生活基本計画において、政策の数値目標を掲げることが求められることである。
 もちろん、数値目標を明示できれば、政策の具体的手段が明確になり、また事後評価を確実にできるという大きな利点がある。しかし、数値目標を定めるためには、次の2段階のギャップを埋める必要があり、その過程で的はずれな数値が採用される弊害も大きい。

@二段階のギャップ
 そのギャップとは、一つは、政策目標としてかかげる項目が数値化できるかどうかであり、もう一つは、仮に数値化できるとして、それを統計調査で把握できるかどうかである。この2つのギャップを両方とも乗り越えなければ、適切な数値目標の設定に至らない。しかし、これは、相当に難しい、あるいは不可能な場合が多いのである。
 例えば、省エネ住宅の普及という政策を考えてみよう。省エネ化のために住宅の断熱性を向上させることは重要であり、これは数値でなんとか表せる。しかし、その一方で、通風の良さを数値で表すことは難しい。ここに第一段階のギャップがある。次に、断熱性の向上(あるいは住宅性能表示における省エネ等級)による数値化でOKとしよう。しかし、今度は、それを一軒一軒測定して統計データにできるだろうか。事実上は不可能である。
 国が提示したマニュアルでは、困ったあげく「二重サッシュの採用率」を提案している。これならばアンケート調査も容易だからだ。しかし、二重サッシュの採用だけが省エネ化の方法でないことは自明だ。いずれ政策の事後評価が求められるが、そのために二重サッシュの採用を進めるとしたら、本末転倒といわざるを得ない。
 この他にも、中古住宅の活用をはかるという政策目標については、中古住宅の取引数量が指標になる。しかし、売買だけではなく、持家の賃貸化による活用もりっぱな中古住宅活用だ。しかし、それを端的に示す統計データはない。その結果、売買の数量だけが数値目標に掲げられ、賃貸化による活用を軽視した偏った政策遂行を招いてしまう。
 以上のような歪みを避けるために、自治体の担当者は、数値化の適否を慎重に見極めなければならない。あるいは、やむを得ず数値化した場合には、政策目標と数値化のどこにズレがあるかについて、後任の担当者が分かるように明記しておかなければならない。

A多様な政策手段を可能にする施策体系が望ましい
 実は、住宅の省エネ化を政策目標とするならば、それを端的に表す数値は、家庭部門での電気やガスの使用量である。それを戸当たり、例えば20%削減するという目標ならば妥当性がある。そして、その達成手段は、住宅の通風性の確保や、ロハスなライフスタイルの浸透をはじめ、様々な創意工夫があるとする。つまり、政策目標の達成手段は一つではない。地域の実情に併せて、あるいは民間の創意工夫に応じて、さらには行政の担当部署を越えて、多様な手段があることを認める施策体系にすることが肝心である。
 数値目標とは、それが適切な時は大いに利用し、逆に、適切でないときは質的目標に切り替えるという柔軟さがあって初めて力を発揮するのである。

おわりに
 これからの住宅政策は、福祉政策との連携がますます重要になるであろう。しかし、それと同時に、次世代に豊かな住宅資産を残すという目的もまた大きいのである。本稿の表題を「ストック重視時代における」とした意図もそこにある。
 住宅は、市場機能に委ねるだけでは、その質向上や街づくりとの連携は進みにくい。良質な住宅ストックの形成には、「官から民へ」ではなく「官も民も」なのである。そのことを確認しつつ、地域の実情に応じた施策を創意工夫することが、これからの自治体の住宅政策の鍵であると思う次第である。


千葉大学工学部都市環境システム学科小林秀樹研究室
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