HIDEKI'S COLUMN 2008


2008.06.22

もう一つの住まい方研究会 2007.6 基調講演要旨

住宅希望格差からの再生

−協働による住まいへの期待−

小林秀樹 千葉大学教授


1.住宅希望格差の拡大−将来不安に格差が生じている−

   現在、ごく普通の勤労者にとって、どこに住んでいるかで将来不安に格差が生じている。都市郊外あるいは地方都市において、夫婦ないし一人で住む人々にとっては、たとえ住宅が持家一戸建であっても将来不安が強い。その不安とは、老後になって車の運転ができなくなったときに、自力では買物や通院ができない、自宅に住み続けられない、という不安である。あるいは、その中で住み続けようとすれば、家事支援等を依頼するために、年金では費用が賄えないのではという不安である。

   逆に、子供と同居あるいは隣居して住む人々、あるいは大都市で歩いて暮らせる便利な場所に住む人々は、それほどの不安を感じていない。

   このように、住宅に関わって将来不安に格差が生じている状態は、一言でいえば「住宅不安格差」である。しかし、少しイメージが暗いので、山田昌弘氏の「希望格差」から引用して、「住宅希望格差」と呼ぶことにしよう。


2.格差が生じた理由

 格差が生じた理由ははっきりしている。簡単にいえば、産業化の進展(サラリーマン化)は親子世帯の同居から別居への変化をもたらすが、それに適した老後ビジョンの確立を、次の二つの点で失敗したからである。一つは、「歩いて暮らせる街の喪失」であり、もう一つは、「年金・福祉サービスの未成熟」である。

 しかも、ここ10年ほどの構造改革は、このような状況を解決するのではなく、郊外大型店の規制緩和等にみるように、むしろ促進させてきた。


3.住宅希望格差の解決に向けた住宅地の再編

 

 では、どうすれば格差が解決できるのだろうか。そのためには、まず、@老後まで安心して暮らせる住宅地像とは何かを明確にし、Aその住宅地像の実現に向けて様々な立場の人々が協働していくこと、が大切である。

 前者の@について、筆者は、成熟社会(少子高齢化+人口減少)に適した居住形態として4つのタイプを描いている(次頁)。その4つとは、集落居住、市街地居住、田園居住、新拠点居住、である。そして、今日、前者の二つは崩壊の危機に瀕し、後者の二つは未形成である。つまり、歩いて暮らせる街が維持されている大都市部を除いて、安心して住み続けられる地域と住まいが全国から失われている。このため、老後の住まい方を想像して、人々の間に漠然とした将来不安が生じているのである。これら4つのタイプの再編が急務である。

 成熟社会において求められる4つの居住形態

@集落居住
 まず、伝統的な居住形態の一つとして集落居住がある。これは、自家用車に依存するような郊外立地であっても、子世帯との同居と職住近接により、持続可能な居住を実現するものである。

A市街地居住
 もう一つの伝統的な形態は、歩いて暮らせる街なかに住むことで、老後の暮らしに対処するものである。しかし、この形態は、大都市部を除いて、中心市街地の衰退とともに全国各地で失われつつある。

B田園居住
 新しい居住形態の一つが田園居住である。これは、緑豊かな郊外で自家用車に依存した生活を送るが、老後は、それに適したリタイアメントコミュニティ等に気軽に引っ越すという、いわばアメリカの郊外居住に近い形態である。

C新拠点居住
 新拠点居住とは、歩いて暮らせる街をサラリーマン核家族が中心の郊外に新しく確立するものである。そのポイントは、歩いて「も」暮らせるという車社会との併存にある。一方、共稼ぎの一般化に対しては、保育施設等を充実することで、主婦の社会進出を支えようとするものである。









4.市街地居住と新拠点居住の形成−安心して住み続けられる街の実現

 成熟社会における住宅地像の確立に向けて、まず、「市街地居住」の再生が急務である。これにより、老後も歩いて暮らせるような街と居住のビジョンを確立する。そのためには、中心市街地に住宅を多く供給することが有効だ。人口が増えれば、商店や病院等も活性化し、自然に高齢者や子育て世帯が暮らしやすいような生活関連施設も充実していくだろう。

   一方、旧市街地ではなく、新しい街において「歩いても暮らせる街」を形成することも重要である。新興住宅地は、居住者が流動層(サラリーマン)中心であり、子世帯と同居できる可能性は小さい。このため、老後の生活を支えるのは、もっぱら生活サービスである。つまり、「新拠点居住」の鍵は、老後あるいは子育て支援のための各種生活サービスを充実できるかどうかにある。サービスの充実には需要者の集積が必要であり、1000戸以上が集まる住宅団地が新拠点居住地の候補になろう。また、そこに生活サービス付きの住宅があれば、地域内で転居しつつ「地域に住み続ける」という新しい住まい方が実現する。

   以上の二つの道筋、つまり「市街地居住の再生」と「新拠点居住の形成」が明確に打ち出され、かつ、それ以外の場所(田園居住地など)に住む人々にとって、必要ならばそこへ転居できるというビジョンが確立すれば、住宅希望格差は、解消に向かうはずである。


5.誰が再生事業を担うのか−公共政策のこれから−

 

 問題は、誰が、それらの事業を担うかである。行政が税金を投入して担うことは部分的になるだろう。もちろん個人では実現できないし、民間事業者にとっても利益がでる領域は限られる。とすれば、様々な立場の「協働」が鍵を握ることになる。

なぜ、筆者が「協働」を重視するのかを説明しよう。右図は、今日の公共政策のあり方を示したもので、縦軸に、市場主義(市場を通した自由競争)を尊重するかどうか、横軸に、大きな政府か小さな政府かを組み合わせたものである。

 「官から民へ」の動きは、自助努力と弱肉強食の性格から、人々の将来不安を強めている。一方の公共主義は、政府の財政難の中で実現できない。将来不安を解決するために残された道は「共助の再構築」である。


6.協働による住まいへの期待

 今日の財政難の中であっても、人々が力を合わせれば、さらに市民・行政・企業が連携すれば、できることは多いと考えている。

中心市街地における福祉と連携した住宅づくり
 第一に期待されることは、中心市街地において、福祉と連携した住宅づくりが進むことである。福祉との連携とは、一つは、子育て支援であり、一つは、高齢者向けの生活サービスである。このようなサービスは、施設内で完結するのではなく、地域と連携しつつ成立していくことが望ましいだろう。すでに、本研究会に参加している方々による実践が登場している。このような住宅が、歩いて暮らせる街に供給されれば、人々の将来不安の軽減に向けての第一歩になるはずだ。

郊外住宅地の田園居住地への再生と中古流通
 しかし、以上の住宅が実現しても、そこに転居する道筋が描かれなければ、郊外に住む人々の将来不安は解消されない。例えば、資産価値の下落により、売却しても転居に必要な資金は得られないことが多い。この問題を解決するには、郊外を魅力的な居住地として再生することも課題になる。とくに、現在の敷地規模はあまりに中途半端だ。例えば、二つの敷地を合体し(NPOによる活動例がある)、ゆとりある「田園居住地」として再生できれば、資産価値をもつ郊外住宅地の成立と、老後になれば郊外から駅前に転居するという住まい方が確立するだろう。

新拠点居住地の実現に向けた生活サービスづくり
 一方、郊外の住宅団地において、「新拠点居住」の実現に向けて生活サービス等を協働により整備していくことも重要である。すでに、様々な活動が始まっており、それらを地域住民・事業者・行政などが連携して発展させていくことが望まれる。

 さらに、郊外団地に若者が住むことも地域の活性化のためには大切である。その実践例として、筆者らは、団地に若者単身者がシェア居住して住む仕組みを実施している(筆写の研究室のホームページ参照)。これ発展させて、高齢者と若者のシェアも、今後は発展するだろう。

 以上のような各場面において、協働による住まい・サービスづくりを進めていくことが、将来不安に基づく住宅希望格差を解消していくための鍵になると考えられる。


7.おわりに −協働に適した事業手法の工夫−

 以上のような協働による住まいやサービスの充実のためには、それにふさわしい事業手法や住宅所有形態の工夫も必要になる。例えば、筆者らは、@前述した団地シェア居住では、LLP(有限責任事業組合)によるコミュニティビジネスの仕組みを試行している。さらに、A良質なサービス付き賃貸住宅を供給する仕組みとして、LLC(合同会社)を用いた組合所有方式を実用化レベルで提案している(都市再生調査・つくばハウジング研究会を参照)。

 この他にも、様々なアイディアを出し合って、協働による住まい・サービスづくりに適した事業手法を研究していくことも、もう一つの住まい方研究会の重要な取り組みになろう。
(以上)

 

千葉大学工学部都市環境システム学科小林秀樹研究室
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