HIDEKI'S COLUMN 2008


2008.06.07

都市住宅学58号2007.7に一部加筆

コーポラティブ住宅のこれから

−成熟時代における建設組合と組合所有の可能性−

小林秀樹 千葉大学教授

はじめに

 日本のコーポラティブ住宅(以下コープ住宅という)は、今後どのような方向に進むのだろうか。これは、世界的にみても興味深いテーマである。というのは、欧米のコープ住宅は、一般的には「組合所有」の住宅をさし、日本のように居住希望者が「建設組合」を結成して注文建設する(完成後は区分所有になる)方式がこれほど普及したのは、筆者が知る限り日本だけだからである。しかも、最近では、北米でも注文建設方式のマンションがみられる。
 なぜ、日本で普及したのだろうか、今後どうなるのだろうか、について順に考えてみよう。

1. なぜ日本で建設組合方式が普及したのか

 欧米において「組合所有」(借家人組合による集合住宅の所有)が登場したのは19世紀末であり、戦後になって普及する「区分所有」の分譲マンションより先に定着していた。そして、各住戸の所有権を認める「区分所有」の仕組みがドイツに始まり1960年代に各国に普及すると、それ以降、持家取得の方法としての組合所有は次第に衰退していった。日本のコープ住宅は、ちょうど、その流れに抗するように1970年代に登場している。そこでは、区分所有には無いメリットを訴える必要から、コミュニティ形成の意義と間取りの自由設計の魅力がPRされた。とりわけ普及の原動力となったのは、後者の自由設計であった。

  このことは、世界的には大きな意味をもつ。欧米では、集合住宅における自由設計は、コストが相当高くなるとされ例外的にしか行われない(一説には内装費が2〜3倍かかるといわれる)。逆に発展途上国においては、室内の注文建設は多いが、それらは簡易設備を施した集合住宅の居住後改修として行われるもので、建設組合方式で注文建設する仕組みをとっているわけではない。

 つまり、分譲マンションが一般化し、かつ内装設備が手づくりでは難しいほどに高度化している国において、建設組合方式による注文建設が普及したのは注目に値するといってよい。その背景には、内装設備の自由設計を比較的低コストで実現できる日本の生産システムの存在がある。一戸建プレハブ住宅の発達と並行して進んだバスユニット、システムキッチン、アルミサッシュなど、部品化と個別対応を高度に両立させた仕組みは、世界に類をみないものである。このことがコープ住宅普及の大きな背景であったと考えられる。

   一方のコミュニティ形成は、組合運営の結果として生まれる副次的な長所、あるいは組合運営を円滑に進めるための必須条件ではあるが、それを主目的にしてコープ住宅を実現することが難しいことは多くの実践者が述べている通りである。ここで、日本における建設組合方式の集合住宅の普及理由をまとめておこう。

  • 分譲マンションにはない自由設計のメリットが受け入れられたこと
  • それを比較的低コストで実現する生産システムの発達があったこと
  • 初期のコープ住宅運動によって融資等の制度化が進んだこと。
  • 1970年代に建設省を巻き込んだコープ住宅運動が、住宅金融公庫の融資等の面で大きな役割を果たした(日本住宅総合センター「日本における集合住宅の定着過程」2001年に詳しい)。

     さて、コープ住宅の今後を考えるにあたり、一つは、建設組合方式のゆくえ、もう一つは、欧米型の組合所有方式が日本に導入されるかどうか、という観点から順に検討してみよう。

    2.建設組合による注文建設のゆくえ

      今日、分譲マンションにおいてもフリープラン方式が普及し、さらにスケルトン分譲も関心を集めており、間取りの自由設計はコープ住宅の専売特許ではなくなりつつある。このため、自由設計のメリットだけに頼ることはコープ住宅のジリ貧を招くであろう。
     しかし、自由設計以外にも、ディベロッパーが手がけることが難しい領域は少なくない。具体的には、以下の場面が考えられる。

    @小戸数開発の実現:密集地の再開発や共同建替えを通して10〜20戸程度の住宅事業が求められる場合が多くなっている。このような小戸数開発は、広告宣伝やモデルルームなど、戸数に関わらず一定の販売経費が必要になる一般分譲では、戸当たりの経費負担が大きくなり成立が難しい。建設組合方式に適した戸数規模といえる。
    A需要が不確実な先進的な住宅の実現:環境共生住宅や古い建物のコンバージョン、あるいはつくば方式(スケルトン定借)等、現時点では需要が読めない特定目的の事業を実現するためには、それに賛同する人々の事前参加を募ることが望ましい。今後も、シェア(共同化)の長所を追求した高齢者住宅やコレクティブハウスなど、建設組合方式の応用が期待される場面は多いだろう。
    B居住者参加による意思決定の重視:豊かな共用施設計画や利用のルールづくり、あるいは一戸建住宅地における建築デザイン・ルールの決定など、居住者参加による意思決定が重視される事業においては、今後とも組合方式の導入が求められるだろう。

     以上の各場面は、新規建設よりも市街地再開発や建替え等が増えるこれからの成熟時代において、ますます重要になると考えられる。
     ところで、以上に関して、北米におけるコ・ハウジングが興味深い。コ・ハウジングは、日本では、コレクティブハウスと同じく、食堂等の共用施設を充実した住まいとして紹介されているが、その建設プロセスは、日本のコープ住宅のそれに近い建設組合方式である。しかも、完成後は区分所有になることが多く、また室内の自由設計を実施している事例もある。これらは、@小戸数の開発、Aシェアの長所を求めた先進的な住まい、B居住者参加によるルールづくりが求められる、という点で建設組合方式でなければ実現が難しい事業であるといえる。

      ところで、あるコ・ハウジングの解説文には、室内の自由設計はなるべく避け、そこに費用をかけるならば、その費用分を共用施設の充実に回した方が豊かな生活につながると書かれている。北米における建設事情が伺えて興味深い。

    3.日本に組合所有は導入されるか

      一方、欧米で一般的な「組合所有」の日本への導入の適否は、区分所有では実現できないが、組合所有ならば実現できるメリットとは何かが鍵を握る。それらのメリットとして、1)入居者の面接による選別や売買が制限できること、2)組合が生活サービス等の実施主体になれること、3)入居者がローン負担を負わないこと、4)改修や建替えを円滑に進めるために私権を制限しやすいこと、などが考えられる。

     このうち1)は、人種や宗教の同一性を求める米国におけるコープ住宅の普及理由とされる。一方の4)は、欧米ではなく地震国日本で関心を集める長所だが、区分所有法における多数決原理の拡大によっても相当の対応が可能であり、組合所有導入の決定的な理由にはなりにくいかもしれない。

      さて、以上の4つのメリットを踏まえて筆者の結論を言えば、今後、次の二つの場面で組合所有が日本に導入される可能性は大きいと考えている。

     一つは、高齢者向けなどの特定目的の住宅において、売買や相続があっても、特定目的に適した入居者を維持できることや、組合による生活サービスの導入をメリットとして、組合所有を採用する場面である。ただし、日本には組合所有法がないため会社法を応用することになる。具体例としては、居住者による株式会社所有とした「コミュニティハウス法隆寺」の実践があり、筆者らも、サービス付き賃貸住宅を供給する手段として、平成17年に創設されたLLC(合同会社)を用いたコープ住宅を提案している。

     もう一つの場面は、公的住宅の払下げである。古い公団賃貸住宅の将来を考えたときに、その払下げの方法として組合所有への移行が考えられてよい。組合所有であれば、各住人がローンを負う必要がないため(組合が融資を受けるため)、賃貸感覚のまま払い下げることが可能であり、その一方で、家賃設定や維持管理に住人の自助努力が反映される。まずは、定期借地権による建物の払下げから実現していくことが考えられよう。

     以上の二つの場面を中心に、日本に組合所有を導入する環境は整いつつあるのではないだろうか。

    おわりに −諸制度の再整備が課題−

     さて、コープ住宅の動向を締めくくるにあたり、関連する諸制度についてふれておきたい。現在、コープ住宅融資に大きな役割を果たしてきた住宅金融公庫の直接融資からの撤退により、コープ住宅への融資の先行きが不安視されている。今後の市街地再生へのコープ住宅の可能性を考えれば、融資制度の再整備が求められる。
     また、合同会社等を利用したコープ住宅は、個人の持家ではないため、住宅減税の対象ではないなどの不利益がある。これらの諸課題を地道に解決できるかどうかが、最終的にコープ住宅のゆくえを決することになろう。


    千葉大学工学部都市環境システム学科小林秀樹研究室
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