HIDEKI'S COLUMN 2006


2006.11.15

日本建築センター「らぴど」23号(2006.10)より

スケルトン・インフィル方式への思い

−長年のSI住宅との関わりを通して知った異分野融合の大切さ−

 スケルトン・インフィル(SI)方式の歴史は長い。その端緒は、1960年代の人工土地研究にさかのぼるようだ。その経緯の中で、私は新参者だが、ここ10年ほど発言する機会を多く頂いた。恐らく、従来とは異なる不動産制度の視点から取り組んだことが、長年普及しなかったSI住宅の壁を突破するとして評価いただいたのだと思う。その経緯を、私とSI住宅の関わりを通して振り返ってみたい。

転機は建築研究所での人工土地型住宅研究

 私の博論のテーマは、「集住のなわばり学」(彰国社)で出版した内容であり、SI住宅とは縁遠いものであった。転機は、博士卒業後、1987年に建設省建築研究所に勤めたことであった。当時、瀬尾文彰氏、岡本伸氏、三村由夫氏ら人工土地型住宅の研究に長年携わってきた方々がおり、実用化を目指した研究開発に着手した時であった。私も一員に加わったが、記憶に残っているのは、SとIの所有分離の可能性について、公団の大西誠さんらと、法律の丸山英気先生の話を伺ったことだ。確か、「無理だ」という話だったと思う。私は、当時内容をよく理解できなかったが、建築と民法の関わりを学ぶよい機会となった。

 この研究では、二層吹抜けのスケルトンを実験棟として造り、しかも床を木造にすべく実大火災実験まで行ったが、残念ながらバブル崩壊の影響もあり実用化には至らなかった。

つくば方式を通したSI住宅の実用化

 当時、私が参加したもう一つの研究プロジェクトが、長寿社会総プロである。その中で、私は、有料老人ホームの入居金が高すぎることを疑問に思い、「利用権分譲」の研究に着手した。利用権分譲とは、建物を30年程度の定期利用権により繰返し利用すれば、1回あたりの利用権は相当安く売買できるという構想だ。それが紆余曲折を経て、スケルトン利用権の提案となり、「つくば方式」として1996年に実用化に至った。

 実は、利用権とSI方式をいつ頃から合体しようとしたかの記憶は定かではない。恐らく、寿命が短い内装設備は、30年で繰返し利用するというわけにはいかないから、スケルトンとインフィルの分離が必要と考えたのだろう。また、人工土地研究の中で、建築研究所OBの巽和夫先生らの二段階供給方式を学んだことも大きく寄与していると思う。

SI住宅の普及には供給方式が重要

 スケルトン利用権を実用化するにあたり、利用権が法律に定めがないため、定期借地権(譲渡特約)を応用した。そのアイディアは、大西誠さんに負うところが大きい。人工土地研究以来の思いがつながったわけだ。また、鍵を握る住宅ローンは、金融公庫の担当者が適切な方法を検討してくれた。それらの思いが結実したのが、「つくば方式」である。

 つくば方式は、建築費の高さが普及阻害因となっているSI住宅にとって、?定期借地権で土地費を下げることで価格上昇を避ける、?インフィルの自由設計の魅力で市場性を得る、という戦略の有効性を示した。これを通して、私は、長年停滞したSI住宅の普及にとって、土地・金融・マーケティングなどが鍵を握ると確信したのである。

マンション総プロの実施

 つくば方式の成功が契機となって、1996年にSI住宅の開発を一つのテーマとした「マンション総プロ」が始まった。この時、私は明確な戦略を持っていた。当時、通産省のハウスジャパンや都市公団のKSI(公団SI)が進められており、建築技術の開発はそちらに任せようと思った。しかし、建築技術だけではSI住宅は普及しない。それが、ここ半世紀の教訓だ。マンション総プロは、法制度と供給方式の開発に集中することにした。

SI方式に関わる規制緩和の実現

 同じ思いの方々は多く、住宅局担当者も積極的であり、さらに政府の規制緩和会議における民間委員の援護射撃もあった。またオフィス分野のSI方式推進グループの動きも活発であった。私も、新聞、講演、政治等に積極的に対応した。国会でSI方式という建築技術が取り上げられるなど、前代未聞であったと思う。

 そのような動きが追い風となり、内装のないスケルトン状態を位置づける各種法制度の規制緩和が進み、スケルトン売り・貸しの実現も視野に入ってきた。最後の難関が、スケルトン状態を認めない不動産登記の変更であった。

 不動産登記は長年同じことに意義がある分野で、変更の交渉は困難を極めた。総プロ期間中、法務省と交渉しては、裏付けとなる研究を進めるということの繰り返しであった。最後は、世論の後押しもあり、法務省担当者が登記の保守性と両立できる案を考え、「居宅(未内装)」という新しい用途名で登記できることで決着した。

 もちろん、規制緩和は中途半端という評価もあろう。しかし、スケルトン状態を認めるための建築基準法、消防法、不動産登記法とひと通りの規制緩和は進んだ。何よりも、省庁をまたいだ規制緩和が実現したことの意義は大きい。

自由設計に偏りすぎたSI住宅

 一方、SI住宅が市場に普及するためには、自由設計という魅力づけが有効だ。マンション総プロは、そのPRに大きな役割を果たしたが、逆に、「SI方式=自由設計」と短絡したマンション広告も多く登場し、本来の長期耐用の実現が等閑視される例も増えてきた。実は、足元の「つくば方式」においても、SI技術の導入が不十分のまま自由設計を進める例が続出してトラブルが発生した。

 「SI方式=長期耐用+自由設計」という図式を再確認しなければならない。そのためには、住宅性能表示に「SI方式」に相当する項目を導入することも一案だ。現在、その検討が進められているので、いずれ制度化されることを期待している。

おわりに−異分野融合への思い−

 SI方式の歴史は、建築技術だけではなく、法制度や供給方式との連携をはかることの大切さを伝えている。しかも、不動産登記、定期借地権、金融など従来の専門分野の枠を越えないと前に進まない。このような経験は、これからの建築研究のあり方を示唆しているのではと思う次第である。