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名誉教授:小林秀樹

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千葉大学小林研究室が2002年の設立以来掲げている教育研究の理念です

2002年の研究室設立以来掲げている理念

小林研究室のモット-
一人一人の生活から建築・都市を考える
その理念を、社会から見た公共性、企業から見た事業性とどう両立しうるかを考える

 この言葉は、我が国で建築計画学と呼ばれる分野が発展するときに唱えられものである。一見すると当たり前の言葉のようだが、なかなか味わい深い。私の考えを補足しながら解説しよう。

■一人一人とは

 まず「一人一人」という言葉についてだが、これは、生活者をマスで捉えるのではなく、一人一人との対話を重視するということと理解したい。例えば、製品開発では消費者の声を聞き、建築現場では職人の声を聞き、設計ではユーザーの声を聞き、行政では市民の声を聞く。そして、大切なことは、その声が例外的なのか、それとも典型的なのかを判断することである。その判断は経験を積むことによって洗練されるが、合意形成が求められる場面(企業・行政等)や研究では、調査や統計データ等を用いて客観的に説明することが求められる。生活者をマスで捉えた統計データは、このように一人一人の位置づけを考えるために活用すると大きな威力を発揮する。

■生活から考えるとは

 次に「生活から考える」についてだが、生活者がすでに意識し声に出している要求(顕在的要求)ではなく、まだ意識しておらず生活の中に隠された「潜在的要求」を重視するということと理解したい。

 私達が意識している要求は、私達がおかれている既存の枠内で意識したものである。しかし、有能な実務者・研究者ほど、その枠を変えようとする提案を行う。その提案を行うためには、顕在化している要求だけではなく、潜在的要求を見抜く力が大切になる。潜在的要求とは、今まで気がつかなかったが、「そんな提案があったのか、それなら欲しい」というように、新しい選択肢が示された時に、はじめて顕在化する要求のことである。

 潜在的要求を見抜くためには、「生活の現場」を繰り返し見ることが重要である。もちろん、自分なりの仮説をもたないと、とうてい見抜くことはできない。最初の現場は感じるだけでよい、そして、仮説が見えてきたときに再び現場に触れると、潜在的要求が見えるものである。
 それに加えて、「生活者との対話」を重視したい。対話とは、単に声を聞くのではなく、「こんな提案があるがどう思うか」とこちらからも問いかけることである。その対話を通じて潜在的要求がしだいに浮き彫りになるものである。

 調査とは、実態把握だけが目的ではない。提案を問いかける「提案検証型調査」を工夫することで、潜在的要求の手かがりを得ることにチャレンジしたい。

■生活を変化するものとして捉える

 ところで、一人一人の生活は固定化されたものではない。時間により、季節により変化する。また、同じ人でも気分により変化する。これらは、循環する変化である。もう一つの変化は、時代による変化である。これら両者の変化を意識することで、常に硬直的な思考に陥らないようにすることが大切である。加えて、企画開発や提案を行うためには、時代変化についての「発展理論」(次項に一つを紹介。詳細は別途)を知ることが役に立つ。

 ところで、建築とは、3LDKと呼ばれる空間でさえ、襖を外せば別の使い方ができるというように実に柔軟であり、変化を受け入れる。建築と生活はそもそも一対一対応ではなく、建築が生活を規定する力が強いか弱いか、という程度の違いが存在するのみである。

 建築・都市空間を扱う者は、空間がもつ力を自らに取り込む一方で、生活に対して謙虚に学ぶことを大切にしたいと思う。

■対立の構図を重視する

 古典的な発展理論に、対立の発生とその止揚を繰り返すことで物事は発展するという見方がある(弁証法)。これを社会の発展に適用した社会主義理論は崩壊したが、これを発想の方法、科学の方法として理解すれば、現代でも十分に使えるものである。「対立の構図」は、現代風に理解すれば、「あちらをたてれば、こちらがたたない」というトレードオフ関係となろう。

 そして、優れた提案や実践活動は、その対立の構図を解く発想から生まれる。つまり、対立が深いから諦めるのではなく、「対立がある場面ほど創意工夫のチャンスである」と考える。

 ところで、卒業して行政に属すると、対立の構図があることを忘れてしまう傾向がある。例えば、バリアフリー化の推進が正義だと信じ、それを疑わない思考に陥る。しかし、バリアフリー化は住文化と矛盾するかもしれない。そのように、全ての物事に対立があることを意識することで、自らの判断が柔軟かつ魅力的になる。

■生活と社会性の調和

 では、「生活」と対立する主要な構図とは何だろうか。

 第一に、社会からの要請がある。例えば、環境への配慮、省エネルギー、景観の調和などである。これらは、往々にして、個人の生活要求(快適に暮らしたい等)と対立する。この対立を解くことが、公共・民間を問わず、建築・都市の専門家に期待されることであろう。

 建築は準公共財であると考えられる。なぜなら、1.町並みを形成し、2.長期的に存在する、からである。つまり、建築という言葉の中に社会性は自ずと含まれている。従って、「一人一人の生活に基づいて建築・都市を考える」とは、生活者の要求にそのまま迎合するのではなく、個人の生活と社会の要請を両立させようとする理念を意味している。

■経済と制度の壁を乗り越える力

 大学を卒業して実社会に出ると、望ましいと思う建築や都市空間が、経済性あるいは緒制度の壁に阻まれて実現できないことを頻繁に経験すると思われる。これは、建築・都市における最大の対立の構図である。この壁を乗り越えないと、「一人一人の生活から建築・都市を考える」を実践することは難しく、実社会の壁の前に、いつしか当初の理念を見失うことになる。

 そこで、私達の研究室では、一人一人の生活を大切にする理念を育むとともに、経済と制度の壁を乗り越える力を学ぶことを重視したい。つまり、望ましい建築・都市空間を実現するために、不動産事業やマーケティングをどう組み立てるか、コストをどう合理化するのか、法制度をどう用いるのか等についても関心を深めたい。

 私達が開発した「つくば方式マンション」は、望ましい住空間を実現するために、定期借地を工夫することで価格と容積率を下げる計画を可能にしたものである。また、コーポラティヴ住宅のようにユーザーに直接訴えかける住宅供給方式によって望ましい住空間を実現できることも多い。このように、うまく経済と制度を友達にする力を身につければ、実社会に出た後でも「一人一人の生活から建築・都市を考える」が生き続けるものと期待している。(以上)

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